48 家紋
時折吹く風が心地よい10月の昼下がり、中庭に腰掛け、千穂は数珠と位牌代わりの紙を入れる袋を作っていた。
「千穂ちゃん、何作ってるの?」
「ああ、総司。これを入れる袋。持ち歩いてお守り代わりにしようと思って。母のだからご利益ありそうでしょ?」
「綺麗な数珠だね、石も珍しい」
「うん、ラピズラズリ。和名は瑠璃、かな? 日本では採れないから、たしかに珍しいかも。
家紋も入ってるんだよ? ほら、ここ」
「ふぅん。……ねぇ、ちょっと付いて来て」
「えっ? ちょっと、どこに?」
総司が手を繋いで私を引っ張って行った先は、物干し台の所だった。
ちょうど千鶴ちゃんと島田さんが、乾いた洗濯物を取り込んでいた。
「千鶴ちゃん、君の小太刀は部屋?」
「え? ああ、今は斎藤さんの所です。お手入れをお願いしてて。小太刀が何か?」
「千鶴ちゃん、君も来て。島田さん、ごめん、ちょっと借りるね」
何をするのかよく分からないまま、千鶴ちゃんと後をついて行く。
「はじめ君、入っていい?」
「総司、いい、とはまだ言っていないが?」
「固いこと言わないで。手入れ終わったんだ? 小太刀貸して」
総司は小太刀を手に取ると、数珠と見比べ頷いた。
「うん、やっぱりそうだ。千穂ちゃんの数珠と千鶴ちゃんの小太刀、家紋が同じなんだ。ホラ」
「家紋が? 雪村の家紋は他に見たことがない。それが都築の物と同じ、だと?」
私と千鶴ちゃんも驚いて、小太刀と数珠を順繰りに見た。本当だ、同じだ!
「憶測だが……同じ家紋となると、家系が繋がっているのかもしれん。都築が子孫、か?」
「僕も考えた。千鶴ちゃんの家紋、見たこと無い物だしこれかなりの年代物だよね? 由緒ある家柄なの?」
「小太刀は母の形見なんです。ただ、幼い時に死に別れてるし、父様は母様の実家のことは全然話さなかったので……」
「うちのも母の形見だけど……母も一人娘だったし祖父母も他界してるから、詳しい事は分からないなぁ。」
「でも可能性はあるよね。僕も斎藤君も刀や家紋には割と詳しいけど、この紋は他で見ないよ?
案外、千鶴ちゃんが千穂ちゃんを呼んだんだったりして。誰か来て〜とか念じなかった?」
「しっ、してません! 千穂さん、沖田さんのこと信じないで下さいね? 押入れ開けたらいたんです!」
「そう言ってたもんね。総司、千鶴ちゃんからかっちゃだめよ? でも……不思議だね」
「冗談だよ。でも繋がりがあるかもって思うのが普通でしょ? 偶然じゃあ片付けられない」
「ああ、確かに。都築、母方の旧姓は?」
「えっと……ええっ!? やだ、どうしよう、なんで今まで気付かなかったんだろ! 雪村! 雪村なの!!」
皆が驚いて私の顔を見る。
「お母さんの旧姓は雪村千恵。女系家族で、おばあちゃんまでは皆お婿さんもらってるの。
お父さんとの結婚は大反対だったみたい。養子に入るの断ったから。だからほとんど縁がなくて……。
祖母が他界したのも15年くらい前だし。滅多に会話に出てこなかったから……忘れてました、ごめんなさい」
「あのぅ……えっと、もし、もし私が先祖で千穂さんが子孫だったら。……呼んでしまったんだとしたら、
ごめんなさい。そんなつもりなかったんですけど。あ、でも会えたのはすごく嬉しいですよ?
嬉しいですけど。……巻き込んじゃったのかもって思うと申し訳ないです。すみません」
「いや、千鶴ちゃんが謝ることないよ。まだ分からないし。でも……血の繋がりがあるとしたら嬉しい!
一応、遠いけど家族だし。それに、私がいるって事は、千鶴ちゃんが将来誰かと結婚して
子供を産むってことでしょ? 幸せになれるってことじゃない!!」
「け、結婚って! そんな……まだ……」
真っ赤になった千鶴ちゃんの頭を撫でながら、考えていた。もしそうなら……体のことも説明がつく。
お父さんが言っていた「魔法の血」。千鶴ちゃんと私の秘密。
お母さんの血が守ってくれている、あの言葉を辿っていった先に、千鶴ちゃんがいるんだとしたら。
傷の消えるこの体は雪村家の特異体質なのかもしれない、と思った。皆には言えないけれど。
もし、千鶴ちゃんの幸せが自分の誕生に繋がるんだとしたら……。
今までの守ってあげたい、という気持ちが、なお一層強まった。
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