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沖田は爪きりに集中していたが、急に手先に力が入ったのを感じて、千鶴の顔を見た。

素直に目を閉じている千鶴の、頬はほんのり赤く染まり、耳の方は真っ赤だった。

ああ、僕を……触れられている事を、意識してるんだ。……ハァ、本当にこれでやっとかな。

少し前から気になりだした女の子は、とてつもなく純真で、誰にでも優しく、そして……とんでもなく鈍かった。

誰からも好かれているのに、周りが全員男性だという事すら意識していない。

言葉で優しく出来ない沖田は、まず自分が男だと気付いてもらうにはどうするべきか、割と真剣に考えていた。

でもまさか。爪きりがきっかけになるなんてね。なら、もう少しだけ。これは……どうかな?

もう綺麗に切った薬指を、自分の指でそっとなぞった。途端にピクンと手の甲に力が入った。

くすぐったい? それとも……?

続けてそのまま甲をなぞると、少しだけ千鶴の唇が薄く開いた。

赤い柔らかそうな、魅力的な唇から、何かを感じ取ったように小さく息が漏れた。

その様子が思った以上に艶めいていて、自分から仕掛けたのに沖田は急に頬が火照るのを感じた。

危ないな、そんな顔されたら……ちょっと限界、かも。

持っていた手をクンと引き、少し傾いた千鶴の首元に手を添えると、沖田はそのまま顔を寄せた。

「ごめん……千鶴ちゃん」

息を吹きかけるようにそっと呟くと、そのままフワリと唇を重ねた。

押し返されるのが怖くて、拒絶を感じ取りたくなくて、ほんの一瞬で自分から身を引いた。

手だけは名残を惜しんで、少し後に離れた。

大きく見開かれた目。驚きを隠せないまま固まっている千鶴の膝に、沖田は鋏を置いた。

「……終わったよ。じゃあ、もう行くから」

誤魔化すように早口でそう告げると、踵を返して庭を足早に去った。

まずいな、本当に口付けちゃった。今頃……泣いてたりして。

何の合意もなかった。身勝手だった、と後味が悪かった。頬を染める様子に魅入られて……行動が先に出てしまった。

…………はぁ……もう一度ちゃんと謝らないと。

立ち止まった沖田は、気まずさも自業自得と諦めて、もう一度庭に戻っていった。



千鶴はまだそこに座っていた。思いつめた様子も泣いた跡もないけれど、鋏をじっと見つめている。

なんて声を掛ければいいのか分からず、けれど側に近寄った。

始まる前に……終わった、かな。

なんとなく、気になる以上の存在になりかけていたけど、潔く忘れるべきかな、そう思った時。

千鶴が顔を上げてこちらを見た。

「沖田さんさっき……。あのっ、ごめんって……言いました?」

「うん。もう一度謝ろうと思って、戻ってきた。嫌だったでしょ? 本当にごめん。でも……」

「あの…………違うんです。嫌……じゃなかったから、とても不思議で……。なんでなんでしょう?」

沖田は面食らった。嫌じゃない?嫌じゃなかった?なんでなんでしょうって……それは……。

急に嬉しさが込み上げてきた。初めての口付けを事故みたいに奪われて嫌じゃないなんて、理由は一つに決まってる。

傷つきも泣きもしないなんて、答えは一つ。でも……それは自分で気付いて欲しいかな?

どんどん気持ちが軽くなって、お腹から笑いがこみ上げて来た。ホッとして、力が抜ける。

「クスクス、なんでだろうね。もう一度確かめてみる?」

沖田は千鶴の頬の赤さに勇気を得て、もう一度側に寄ると、今度は手を取って大きな揺れる瞳を見つめた。

「口づけて、いい? 目を瞑ってよ」

「沖田さん……私のこと、どう思ってるんですか?」

「うん、それを聞きたかったら……目、閉じて?」

瞳に過ぎる不安と、好奇心と、その奥に灯る小さな……期待。

可愛いな、まだ、気付かない? 僕の気持ちにも、自分の気持ちにも。

優しく肩を掴むと、千鶴が目を伏せた。沖田はそのまま、唇を下から掬うようにして合わせた。

今度はさっきより、もう少しだけ長く。体温がはっきり伝わるくらい。

柔らかさに、香りに、幸福に、本当はそのまま倒れそうなくらいだったけれど。

まだ、これ以上はね?

残念な気持ちを表すように最後にチュッと音をたててから、唇を離した。

目を開けた千鶴は、驚いたような顔をしていた。それを見て一層心が弾んだ。

「ねぇ、分かった? 後は……自分でも考えてみてよ。答えはいつでもいいから、聞かせて?」

コクンと頷く素直な様子が愛らしかった。抱き締めたい、でもまだ……あと少し。

沖田は、仲間以上恋仲未満の千鶴を残して、部屋に戻った。



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