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朝餉が済んだらお洗濯。うん、今日は沢山干せそう。

千鶴は雲ひとつない空を見上げて、嬉しくなった。梅雨の合間の晴天は、何よりも有難い。

山盛りの洗濯物を井戸端へ運び、一つ一つ丁寧に、シミがないか確認しながら洗っていく。

長く水に浸かった指がふやけてきた頃、爪が手の甲を掠って小さな引っかき傷が出来た。

水で濡れた手で懐の手拭いを出すよりも早いだろう、と甲に滲んだ血を唇で吸い取ると、もう傷はなかった。

……鬼、なの、かな。

以前二条城で警護をした時に、風間さんに言われた言葉が甦る。私……やっぱり、人じゃないの?

傷の消えた手の甲をしばらく眺めていたけれど、そんな事をしても答えは出ない。そして洗濯物もなくならない。

千鶴は考えるのを断ち切るように、再び手を動かし始めた。



洗濯物を干し終わった後、裁縫箱から糸きり鋏を取り出すと、縁側に腰掛けた。

さっきひっかかったので気付いたが、爪が大分伸びている。まずは簡単な左手の爪先に刃先を添えた。

パチン パチン と小気味良い音を立てて、跳ねた爪が足元に落ちていく。

左手は簡単なんだよね。問題は……右手。

「苦手なのよね、こっちは。」

小さく呟いた独り言。誰に聞かせるでもなく言ったのに、その言葉を掬い上げた人が居た。

「だろうね。貸しなよ、やってあげる」

いつの間に?

「沖田さん! そんな、いいですよ。これくらい、自分で出来ます」

慌ててかぶりを振ったけれど、庭を横切って千鶴の前に来た沖田は、鋏を取り上げてしまった。

指を猫のように丸めて爪を隠したのに、まるで聞き分けの無い子を諭すように、手をつかまれた。

「ほら、指伸ばしてよ。大丈夫、こういうの得意なんだ。僕が誤って身を切ったりすると思う?」

「それはないでしょうけど……人に切られるの、ちょっと怖いです」

自分でやるのは平気だけれど、指先に刃を当てられる、と思うと躊躇してしまう。

怪我をして人に見られたら。隠せなかったらばれてしまう。私の……みんなとの違いが。

千鶴は、さっき掠めた手の甲を思い出していた。

やだな……もし見られたら……絶対に沖田さん気付くし。だって勘がいいもの。

千鶴の戸惑いなんてお構いなしに、沖田は指を一本一本伸ばしていった。

「クスクス、怖いんなら目を瞑ってればいい。見えなきゃ平気でしょ? いいから。大丈夫だって。

 それとも……ずっとこうやって手を繋いでたいわけ? 今なら遠巻きに見れば恋仲みたいだ」

「こ、恋仲?! もうっ、おかしな事言ってからかわないで下さい。分かりました、じゃあ……お願いします。

 あの、気をつけて下さいね?」

「はいはい、信用ないね。すごくやる気の出るお願いだ」

「あ……ごめんなさい。そんなつもりじゃ……。分かりました、目を瞑ってます」

へそを曲げたらどんなちょっかいを出されるか分かったものじゃない。

ちょっと……いや、かなり? 失礼な結論から、千鶴は手を開いて沖田の手にちょんと置いた。

あ、おっきい。全然違うんだ。

自分の手を乗せて初めて気付いた、沖田の手の大きさ。

男の人の手。……どうしよ、私男の人と手を重ねてる?!

なんで今更、いや、これからという時に気付いてしまったのか。でも、一度気付いたら頭から消せなかった。

目を開けていたらそんな妙な考えを見透かされてしまいそうで、千鶴は慌てて目を瞑った。

じきに少し固い指が、千鶴の指を挟むように持ち上げて、糸きり鋏が爪に当たるのを感じた。

パチン パチン パチン

僅かな振動と、爪の跳ねる音を聞きながら、指先に沖田の体温を感じる不思議な体験を味わった。

指、あったかい。

やがて細かいところを仕上げるためだろう。手を包むように持ち上げられると、より一層触れている感覚が強まった。

それはそうだろう。実際に手を持っているのだから。

トクトクトクトク 早鐘を打ちはじめた心臓を意識すると、とても恥ずかしくなった。

どうしよう。心臓の鼓動って……速くなったら手でもばれちゃうものなのかな?

手首で脈をとっていた父を思い出し、どうか手首に触れませんように、と祈った。



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