ややむかしがたり関連話





少し長すぎるきらいのあるまつ毛が、ゆったりと瞬くのを、ぼんやりとみていた。
口調こそ柔らかいけれど、よく響いて深い声。それが、そっと撫でるようなつややかさで鼓膜を震わすのが優しい。目をつむっていると、それが際立つような気がして、実際その通りに瞼を落とした虎徹に穏やかに声がかかる。
「寝るの?」
丸い声にあやされるのにいいや、とかえす。
「寝るならパジャマに着替えてベッドにいきなさい。風邪引いたら大変よ」
あんた歯だけはバスで磨くから心配ないけど。いいこね。
小さい子どもにするように言われるのが心地いい。瞑った瞼をそうっと一度撫でられて、安心し切った子どもの息が漏れた。

例のごとくといえばその通り、アントニオの家に転がり込んだらネイサンがそれは優雅に片眉を吊り上げてソファでわらっているのに、虎徹は頭を下げて、言う。
「アントニオ貸してもらっていいか」
「やだあんたまたなの。アタシようやく仕事片付けて、これからしっぽりお家デートの予定だったんだけど」
「んん、まだアントンいねえのか」
「そうなのよ」
眉を下げてどうしようかな、と思っていた虎徹に、さらりという。
「とりあえずお風呂入っちゃいなさい。覗きゃしないわ」
他人の家なのに、お互い手慣れている。
虎徹がバスルームに顔色蒼く引っ込んだのになんか食べる?と声をかけると、ごめん無理出ちゃうかもー、とのんびりした声が返ってくるのにため息をついて、ケトルを手にとった。

髪から湯気を立てて出てきた虎徹に、ネイサンはミルクを多めに落としてラムをたらしたコーヒーを渡してやる。うわなんだこれと喜ぶのに笑って、同じものを持ってソファに座ると、絞った音量でラジオをつけて落ちる沈黙。
低く流れるブルースが、気まずさなく場を繋げてやわらかい。
「ごめん、」
邪魔して、と囁くのにふふふ、と低い笑い声が応える。
「随分今更ねえ」
人のハニーを寝取っておいて、からかうだけの口調が虎徹を責めずに包むのに、へなりと眉を下げた。
「っていうかお前がおれの親友をハニーにしちまったんだ」
確かにねえ、早いもん勝ちってんならあんたのだわ、と笑いながら、ひょいひょいアクセサリーを外してはテーブルに置いたアクセサリーディッシュに並べる。かつかつ音を立てる金色のピアスや次々外される指輪に、重そうだなあと虎徹がいうと鎧なのよとかろやかに返されて少し笑う。
そうして立ち上がって一日の汚れと共に華麗な化粧を流して戻ってくると、少々奇抜な髪型なだけの、きれいな造作の男になって虎徹はぼうっとそれに見とれる。化粧なんかしなくていいのに。
つぶやきを聴き取って、んまあ恋する乙女になんてこというのよ、といいながらつけまつげだけを手早くつけなおしてビューラーで馴染ませて、わらった。これだけね。
ウインクした左目からふわりと風が立ったように思って、虎徹も目を細めた。


「ただいまー、ってなんだお前ら」
「ちょっとアントン助けてちょうだい、」
寝ないって言ってたのにこの子ったら。
さして困らない口調で唇を尖らせたネイサンから、褐色の腕が虎徹を荷物みたいに抱え上げてドアを開けて、ぽいとベッドに転がした。
ソファで撫でられるままに寝付いた虎徹のあたまで痺れた左腕をふりながらネイサンがしゃなりと寄るのに、アントニオは虎徹の頭を撫でてから振り向く。
「またか」「そうねえ」「すまねえな」
いつものテンポで流れるように確認をする。初めから洗いざらい話してあるネイサンには申し訳なさはあっても後ろめたさはない。
ネイサンも、虎徹のアンバランスさには聡く気づいていたから、大して驚き過ぎもせずに目を軽く見張ってから、まああの子じゃ仕方ないわね、と眉を軽く寄せて睨んでおしまいだった。出来た男だと、知られたら殴られそうなことをおもいだしてアントニオはもう一度虎徹の髪をなでた。腫れた口元が痛々しくて、顔を近付けて舐めてやる。

「別の連れてきたら許さないからね。まったくもう、」
何が親友よ、アタシこの子と兄妹じゃない。
言いながら長い指が額をはじく。かなり強い力のそれに眉が寄る。それでも。
「なんだそりゃ」
虎徹を起こさないように、けれど堪えきれずに吹き出したアントニオに、ネイサンも目尻をゆるめてキスをした。

ありがとな、と囁くのについでに軽く睡眠薬盛ったからこのこ朝までぐっすりよ?とセクシーな声が耳に忍び込むのに、艶を含んで笑った唇が桃色の髪を撫でた。



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