禍ノ子
 捨猫 / 紫苑


「邪魔だと思うんなら自分でどうにかしたら?」

 明らかに走った自分の動揺に気づかないふりをした紫苑は、敢えて駆け引きに出た。
 昔なら、たぶん言われる通りにしたと思うけれど、生憎あの頃の自分じゃない。挑発的な視線を送ると、案の定修羅はベッドから動かなかった。

 きっと言うことを聞くと思ったんだ。
 修羅は王様だったかもしれないけれど、あんなの十年くらい前の話で、いつまでも都合のいい玩具にされていたんじゃこっちだって迷惑……、

 ぎし、とベッドのスプリングが鳴る。

 ベッドに沈んでいたはずの修羅が、体を起こしてこちらを見ていた。
 まるで怪物のように大きな影が、背後の壁にゆらゆらと映し出されている。
 それを見た瞬間、心臓が大きく一回拍動した。

 嘘だ……。

 わざと緩慢な動きで、修羅はベッドから降りた。
 濃い陰影になって隠れていた彼の男性器までが、距離が縮まることではっきりその存在を現し、たぶん普通じゃない自分たちの状況に拍車をかける。

 じわ、と嫌な汗が掌を湿らせた。
 思わず自分の下唇を触りながら、次第に近づく気配から逃げるように俯く。
 紫苑の頬に濃い睫の影が落ちた。

 さっきの班長とのキス未遂じゃないけれど、これはその比にならないほど危険じゃないだろうか。
 修羅はこれからずっと同室で、明日から訓練で、そもそも俺はあんたのことが、嫌いで。

 一段と濃い、ムスクの香り。
 立てた膝に修羅の手がかかる。
 下唇に触ったまま、上目に修羅を見上げた。影になって表情はよく見えないが、口元は妖しく弧を描いている。
 嫌だと腕をつっぱってしまいたいのに、それが出来ない。

 ああ、俺も大概にしないといけない。
 だって、こういう『悪いこと』が嫌いじゃないから。

 ゆっくりと外側に膝が倒されていく。まるでストリップ劇場のステージに上がり、痴態を晒す役者みたいだ。
 思わず、唇を弄っていた自分の指を舐めてしまうほど興奮する。
 ムスクって、催淫作用でもあるんじゃないか。ぼうっと霞んだ思考で自分の性器に視線を滑らすと、案の定先を湿らせている。そこに舐めるような修羅の視線を感じて、背筋がぞくぞくした。

「変態、こんなの見て何が楽しいの」

 軽蔑したように呟くと、修羅の指に顎をとらえられ、むりやり上を向かされる。
 修羅は、さも楽しそうに顔を歪めて笑っていた。

「淫乱な黒猫、誰に躾けられた」
「何それ、嫉妬?」

 顎を掴んだ指が、そのまま下唇をゆっくりと撫でる。

「昔はにゃーにゃー懐いて、可愛かったのに」
「爪立てて引っ掻いてやる」
「へえ、それは楽しみ」
「あ」

 突然膝を押さえていた力が抜けたと思った瞬間、視界は反転し、柔らかいベッドを背にして修羅を見上げていた。


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