禍ノ子
 兄弟 / 頼


 ずぶ濡れのままで教室に戻るわけにもいかず、頼はそのままケージへ帰ることにした。
 ケージ行きのバスは昼間という時間帯のために比較的空いていたが、それでも周りの乗客は頼の姿を見ると眉を潜めた。好奇や嫌悪に塗れた視線を感じながら、頼は汚れた空のバッグを抱きしめてうつ向いた。今にも泣き出したかったが、それでは本当に子供のようだし、すぐに豪にばれてしまう。
 どんな事があっても、明るい笑顔で「お帰りなさい」を言いたかった。
 永遠にも感じた帰り道だったが、漸くたどり着いたバス亭を降りると、頼は足早にケージの門をくぐった。暖房の効いたエントランスにほっとしつつ、急いで一号館の部屋を目指す。極力誰にも見られたくない。しかしエレベーターのボタンを押したところで、聞きなれた声に呼び止められた。

「頼!?」
「……、臣君」

 所在なさげに振り返ると、紺色の軍服を着た東郷崇臣とうごうたかおみが、驚愕を顔に貼り付けてこちらへずんずんと歩いてくるところだった。
 やっかいな相手に見つかってしまった、と頼は後退りした。幼い頃は毎日のように遊んでいたが、崇臣が帝国隊になってからは頻繁に顔を合わせることはなくなっていたのに。

「お前、どうしたんだよその格好」
「何でもないよ」
「なんでもなくねーだろ」
「平気だってば」

 あまり詮索されても困る。何より、一般居住区の高校へ通うことを一番反対していたのは崇臣だ。漸く最近は諦めてくれていたのに、ここでばれてしまったら逆戻りだし、何より豪に話が伝わるのを避けたい。

「あっ、エレベーターきた」
「おい待てよ」

 頼は振り切るようにしてエレベーターへ逃げたが、崇臣は当たり前のように一緒に乗り込むと、頼の住む十三階のボタンを押した。どうやら部屋にまで着いてくる気らしい。

「訓練は平気なの?」
「遊撃班はさっき終わったんだよ、それでエントランスにいたらお前がそんな格好で現れたから」

 息巻いて説明する崇臣の隣で、頼はこっそりと溜息をついた。どうやらタイミングが悪かったらしい。

 二人で部屋に戻ると、崇臣はタオルをとってきたり着替えを用意したりとあれこれ頼の世話を焼いた。そんなに子供扱いしないで、と頬を膨らませれば、そういうことは心配かけなくなってから言えと返される始末である。
 崇臣は頼に対して過保護すぎる節がある。彼に構われ過ぎて育った苦い思い出が、頼の胸を薄らとよぎった。
 汚れた制服は、兄の軍服を出すついでにクリーニングに出すことにした。
 適当にシャワーを浴びてから浴室を出ると、崇臣は不機嫌そうに腕を組んだまま、壁に寄り掛かっていた。

「ゲリラ豪雨にでもあったのか」
「そんなとこ」
「馬鹿野郎、もっとましな嘘つけ。お前いじめられてるのか」
「どうしてそう思うの?」
「どう見たってそうだろう。だいたい頼はあんまり世間を知らないんだ。だから俺は反対した」
「ひどい、僕だって一人で学校くらい行ける!」
「お前はずっとケージで育ってんだ、いきなりあんな無法地帯でやってける訳ないだろう」
「お、臣君は過保護すぎるよ、ばか!」
「なんだと」
「それに、臣君だって僕のこといじめてたじゃないか! 人のこと言えないよ」
「なっ、いつの話だよ」

 崇臣につられて、頭に血が上った勢いで捲し立ててから思い出した。幼い頃に頼のバッグを放り投げたのは、他ならぬ崇臣だったのだ。
 思わぬ頼の反撃にあった崇臣は、叱られた番犬のように大人しくなるとソファへ座った。本人としては可愛がっていたつもりだったのに、頼にはいじめられた思い出として刻まれていたことにショックを受けたのだ。
 しかしそんなことはお構いなしに、頼は温めたホットミルクを作ると、ダイニングテーブルのほうに腰掛けた。
 横目で崇臣の機嫌をちらりと伺う。
 人心地がつかなかった。たぶん、あの木枯らしの吹きすさぶ屋上のプールで、体の芯が燃えるような話を聞いたからだ。嘘か真かは知らないけれど、この気心の知れた幼馴染を目の前にして、確認してみたい衝動に駆られた。

「臣君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何だよ」
「お、男同士で、セックスって出来るの?」
「はあ!? 誰にそんなこと吹き込まれた!?」

 あ、しくじった。と気がついたがもう遅い。「そうだね頼ちゃん」などと相談にのってくれる期待をした自分が、はなから間違っていたのである。

「やっぱり一般居住区に一人で行かせるべきじゃなかったんだ。俺から豪さんに言って、」
「や、やめてよ!」
「俺や豪さんに心配かけたくなかったら、それだけの行動を心がけろ!」

 その台詞は耳にタコだ。けれど自分が心配をかけているのは現に事実かもしれず、何も言い返せない。

「そ、そんなの……分かってる」
「いいや、分かってねえ。特にお前は“そういう”顔なんだ。もっと自覚しろ」
「どんな顔だっていうの」
「男に狙われやすい顔だ」
「はあ!?」

 喧嘩の内容が、妙なものへと変わっていく。頼はわざと自分の顔を掌でぐしゃぐしゃに擦ると、居たたまれずに立ち上がった。
 怒ってキッチンへ引っ込むと、慌てた崇臣がカウンターの向こう側から様子を窺ってくる。

「よ、頼、そんなに怒るなよ」
「臣君が変なこと言うからだ!」
「悪かったって。けど、なんで今更そんな事聞くんだ」
「え?」
「男同士で、だなんて……やっぱりお前、豪さんとしたいのか」
「……っ!」

 何が、と聞かなくても分かる。というか、聞けない。真っ赤になって狼狽えた頼を見て、崇臣は大げさに溜め息をついた。
 
「……応援はしねーけどな」

 崇臣は幼い頃から、頼のことをよく見ている。それが故、時々頼の恋心を的確に指摘するのだ。
 決して人には言えない秘密。もちろん、崇臣にも打ち明けた事はない。実の兄に対して、間違っている感情だと自分でも思うからだ。

「……お願い。絶対、豪君には言わないで」

 泣きそうな顔で俯く頼に、崇臣は気まずそうに顔を曇らせた。


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