禍ノ子
 天敵 / 椿


 祈るように見つめていた大志の札は、どんどん増えた。鍛えられた背中が、いつになく逞しい。

「もう払えねー、俺の負けだ」

 ついに豪が敗北を宣言した。いろんな悲鳴が飛び交う中、思わず椿は大志の背中に飛びついてしまった。

「あっ」

 肩ごしに振り向いた大志の顔が思いのほか近くて、慌てて離れる。

「……もうお前これ羽織っとけ」

 大志は自分のジャージを脱ぐと椿に着せた。まるで恥ずかしいものでもしまうみたいに、問答無用で一番上までジッパーを上げられる。
 座敷の向こうではいつの間にか豪が全裸になり、異様な盛り上がりを見せていた。

「豪が脱いだー!」
「うおー!」
「相変わらずえげつねー!」

 それはそれで盛り上がり、挙句の果てにナニの大きさを競い始めている。今度こそ巻き込まれては大変だと、椿は慌てて部屋を抜け出した。



 ぴちゃ、ちゃぷん

 乳白色の湯に、すっかり冷えてしまった練絹の裸体を潜らせる。
 ああ、癒される。
 じわじわと体の芯が温まり、ほぐれていく。並べられた岩のひとつに顎をちょこんと乗せ、丁度いい湯加減にうっとり目を閉じた。
 この露天風呂は、ケージの設計者が遊び半分で作ったらしい。そこから見下ろす一般居住区の夜景に、椿は思わずため息をついた。
 遠くのほうは海で真っ暗だが、その岸部に並んでいる光は、一般居住区のものだ。そのひとつひとつがぼんやり瞬いている。

「……ひどい目にあった」

 迎撃班の先輩たちは、抱いていたイメージとはだいぶ違う。そう、かなり違う。今後、酒の席では注意することに決めた。
 それから、大志のことだ。
 あんまり弱くて見ていられなかったのかもしれないけれど、少しだけ見直した。「俺に賭けろ」と言った大志の張りのある低い声が、まだ耳に残っている。
 ああ見えて、本当に困った時には助けてくれる一面もあるらしい。最初は同期がこんな男なんてと思っていたけれど、案外なんとかやっていけるのかもしれない。
 恥ずかしいようなむず痒い気持ちがして、椿はぶくぶくと頭まで潜水した。


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