禍ノ子
 天敵 / 椿


 朝食を終えると、二人で三号館の大講堂に向かった。すでに集まった同級生たちは各々で着席していて、椿たちも一番手前の空いた席に向かう。
 隣には三島透が着席していた。先日の腕相撲の大志の対戦相手で、椿たちに気がつくと軽く手を上げる。
 帝国生は小さい頃から一緒に育っているので、そのほとんどが幼馴染みたいなものだ。透も例に漏れず、小さい頃からよく知っている仲だった。

「おはよう」
「おー、朝早くて嫌になるな」

 透は眠そうにあくびを噛み殺している。昨夜の「祝勝会」に彼も参加していたのかもしれない。

「椿、昨日お前結構本気だったろ」
「な、なんで?」
「椿は真面目ちゃんだからなー」

 そう言われてしまえば何も言えない。悔しくて眠れなかったくらいに本気だったのが事実だ。

「腕相撲なんかで決めた代表者に負けたくなかったんだよ」
「なんだよ、見てたのか」
「あんな目立つとこでやってたんだから、みんな知ってる」
「恥ずかしー」
「そもそもあんな馬鹿みたいな筋肉と腕相撲だなんて、」

 そこまで話したところで「それって褒め言葉?」と聞き覚えのある声がした。
 振り向くと、大志が悪い顔をして立っている。意外にもネクタイはきっちりと締められて、制服のシャツには皺ひとつ見えない。当然のように椿の隣の席に座ると意味ありげなウインクをしてきた。

「おはよう椿。昨日は楽しかったな」

 何のことだと時雄に視線で聞かれたが、頭でも打ったんじゃないかと適当に流す。彼をまともに相手にしていいことなんてひとつもない。無視する椿に構わずに、大志は「お前先に行くなよ」と透に抗議している。
 そういえば大志と透は同室者だ。二人とも順当にいけば迎撃班と遊撃班なので、帝国隊になってもそのまま同じ部屋割りになるだろう。自分とは違うので、それが少し羨ましい気がした。

「ただ今より、帝国生卒業式を執り行う。代表の近衛大志は壇上へ」

 教官の声が講堂に響く。立ち上がった大志に講堂中の視線が一気に集まった。特別実習の優勝者は毎年卒業生代表として帝国隊の辞令を受ける事になっている。全員の前で所属する班も読み上げられるのだ。
 堂々と壇上へ上がる大志を見つめながら、ふと椿は疑問が湧き上がった。
 そういえば大志は本当に迎撃班になるのだろうか。信じて疑わなかったが、彼のアグニス適応率は知らないので、機動班や防衛班の可能性もある。もしかしたら頭が良くて調査班だったりするかもしれない。
 改めて、大志のことを知らない。彼は保護される時期が人よりも遅く、ずっとクラスも違ったので他の同級生とは少し違う存在だった。

「近衛大志、迎撃班を任命する」

 響き渡る教官の声に、わっと小さな歓声が沸き起こる。誰もがその配属を期待していたらしい。やっぱりそうだ、余計な事を考えてしまった。調査班なんて天地がひっくり返ってもあり得ないのに。
 壇上から降りる大志と目があった。にやりと口の端を上げる、あの笑い方をされる。

 式典後、教官に渡された椿の辞令には『迎撃班を任命する』とはっきり記されていた。


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