罪ノ子
 宏夢 / 伊織


「ふうん……最近早起きだもんな、伊織」
「えっ!?」

 驚いて見上げれば、宏夢は悪戯そうに目を細めている。どうやら気づかれていたらしい。じわっと淡く染まった頬を両手で隠しながら、不意打ちの発覚に狼狽えた。

「また何か隠してるのか」
「え……えっと」
「言いたくないなら言わなくてもいいけど、応援はしないぞ」
「……、なんで?」
「あいつはそもそも俺と同い年だ。育てた身としては正直複雑すぎる」

 秘めた恋心をはっきりと指摘されて、伊織は悶絶した。
 一体どこまで知られているのか確認したいけれど、さらに墓穴を掘る気がして迂闊に聞けない。
 しかし宏夢は、何事もなかったように再び新聞を広げてしまった。様子を伺うように膝の上に頭を乗せてみるが、伊織の腹を優しく擦るだけで、何も言わない。
 変な汗をたくさんかいたけれど、もうこの話はおしまいらしい。

「腹、まだ痛いか?」
「少しだけ……」

 俯いた伊織は、猫のように丸くなった。
 今更ながら、宏夢は伊織よりも何枚も上手である。
 まさか、駆蹴とのデートもばれているのかもしれない。いや、エッチな事をしたのすらお見通しだったら……?
 羞恥で頭がどうにかなりそうだ。
 そうでなくとも、この気持ちへの後ろめたさはずっとこびりついている。
 駆蹴の愛情をもっと独り占めしたいのに、宏夢の愛情も失いたくない矛盾は、日々を重ねるごとに膨らんでいく。
 どんどん欲張りになる浅ましさは、我ながら辟易とするほどだ。

 ああ、やっぱり、お腹が痛い。

「……伊織?」
「え?」
「お前、怪我してるのか?」

 唐突な質問に顔を上げる。
 意味が分からず首を横に振れば、宏夢の視線がパジャマのズボンへ滑り落ちた。
 そこが、赤く染まっている。

「なにこれ……血……?」

 さっきからお腹が痛いのもそのせいだろか。

「伊織、病気なの……?」
「いや……それは」
「え?」
「待て、しかし伊織に女性器はない……けど、そうだとすれば……、なぜ」
「宏夢君……?」
「駆蹴に起因して……いや、それともただの成長過程か……くそ、なんだってこんな忙しい時に」

 突然頭を掻きむしった宏夢の表情に、伊織の背筋は凍りついた。
 その瞳が、焦燥と侮蔑の色に染まっている。

「初潮かもしれない」
「え?」
「デクロの雌化は、研究で既に判明している事だ」
「デク……ろ、」

 宏夢の言葉が、伊織の弱い部分に突き刺さった。
 聞きたくなかった。
 ちゃんと理解しているつもりだけれど、宏夢の口からは聞きたくなかった。

「……なんで?」

 デクロって、言わないで。
 自分でも驚くほど目の前が真っ暗になる。

「とにかく、シャワーで流そう。俺が診てやるから」
「いや……っ、いや、やめて!」

 抱き上げようとしてくる宏夢を、慌てて突っぱねる。

「伊織、デクロじゃないっ……違うもん……うっ、えっく……」
「いい子だ、伊織」
「ずびっ……、う、えぅ、いやぁ……!」

 嫌がる伊織を羽交い締めにした宏夢は、そのままシャワー室へ向かう。悲鳴じみた泣き声は、急くように閉められたドアの奥へ消えてしまった。


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