罪ノ子
 贖罪ノ子 / 伊織


 伊織のデータを報告書にまとめた宏夢は、調査班副長である美堂ケイトの研究室を訪れた。
 最近、伊織の状態があまり良くない。最近では一人で庭に倒れていることも増えた。本人は気にしていないようだが、どの数値も悪くなる一方で、いつ急変してもおかしくないだろう。

「頂いたケーキ、伊織が喜んでいました」
「そうか、ちゃんと私からだと伝えたか?」
「ええ、それは」
「結構なことだ」

 しかし、ケイトは足を組んだままパラパラと報告書を捲ると、興味無さそうにそれを机に伏せてしまった。

「血が足りないんだよ」

 簡潔に結論を伝えられる。
 手を尽くしてくれた時期もあったが、もうどうなっても構わないという態度がケイトからは透けて見えていた。

「伊織の構造はデクロに偏っている。彼の栄養源も人間の血だ。それなのに、自分を人間と信じて疑わないせいで、吸血行為が上手く機能していない」
「俺の血液を与えています」
「合わないみたいだねぇ」

 他人事のように聞き流したケイトは、真新しい包帯が巻かれた宏夢の腕をちらりと見た。

「雛城八重とデクロの子供なんて、よくもまあ育てたものだ。お前の友人だったんだろう」
「……そ、それは」
「のんちゃんのせいにするなよ。引き受けたのはお前だ」

 のんちゃんと言うのは、調査班班長の四十万是則のことだ。アムネジア創設時より親しい仲らしく、いつもあだ名で呼んでいる。(是則はその度に薄い眉を潜めているが)
 この研究を宏夢に持ちかけたのは確かに是則で、そのことをケイトも知っていた。

「成瀬も所詮、我々と同じ穴の狢だよ」
「……分かっています」
「だったら情など移していないで、まだ実験に耐えられる内に私の研究へ移行しなさい」

 それを聞いた宏夢は、慌てて報告書をケイトからひったくった。
 彼の興味は、伊織の生殖機能にある。
 八重の体内に命が宿ったのは、明らかにデクロの精子に起因したものだった。
 性別関係なく生殖可能とされるデクロやレギヲンの生態を暴けば、アムネジアは飛躍的に人口を増やすことが出来るかもしれない。それは人類の未来に貢献する可能性を、多大に秘めた研究といえるだろう。
 しかし、ケイトが提唱しているのは伊織自身の妊娠だった。過去の八重のように、直腸内に精子を付着させて経過を観察したいのだという。
 そのおぞましい研究を、宏夢は必死にストップさせていた。 

「くく……、そんなに怖い顔をするな。あの赤い唇、すごく可愛いと思わないか」
「え?」
「水彩画の類いみたいですごく扇情的だよ。肌の白と赤の美しいコントラストに、獲物が引っかかるのをあの子は待っている。それで、捕まえて血を吸うのさ」
「い、伊織はそんな事など、」
「成瀬、意図しなくとも、それが自然界の摂理でありあの子の罪だ。もちろん前向きな意味でね」
「……っ」

 絡み付くような視線を振り切った宏夢は、慌ててケイトの研究室を後にした。
 じっとりした汗が額に滲んでいる。

 あの調査班副長には、怪しい趣味があると専らの噂だった。
 なんでも、見目のいい少年ばかり侍らせて身の回りの世話をさせたり、拘束した美しいレギヲンを部屋で飼育したりするらしい。
 その真意は定かではないが、火のないところに煙はたたないという。

「冗談じゃない……。絶対に、伊織をそんな目には合わせない」

 レギヲン殲滅のためなら手段をいとわない調査班は、その概念に基づいて日々任務の遂行に努めている。
 しかしそのほとんどが人体実験と遜色ない代物で、決して公に出来なかった。実際に、その内容を班外に漏らすことは固く禁止されている。
 変人、奇人が多いと囁かれる理由も、入隊してみてよく分かった。
 その中で、宏夢はふと我に返る瞬間がある。
 そもそも伊織の存在は誰からも歓迎されないもので、彼を生かそうとする考えこそ間違っているのかもしれないと。

 ケイトの言う通り、自分も「調査班」の一人に違いないのだ。

 それでも、伊織を守れるのは自分しかいないと思うと、ケイトの提案に首を縦に振る訳にはいかなかった。


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