罪ノ子
 全テノ始マリ / 龍二


 どのくらいそうしていただろう。
 深い藍色が濃い夜の気配を運び、銀色の一等星が輝く頃、ようやく八重は顔を上げた。

「あ、おだちん。忘れてた」

 あまりに唐突すぎて、一瞬何のことだか分からなかったが、大輔に渡されていたメモ紙のことを思い出した。そういえば、真乃に渡しそびれている。
 ポケットを探って小さな紙きれを取り出すと、さっと八重がそれを摘み上げた。

「もーらい!」
「お前、それ開くなって」
「もう時効だよ!」
「そりゃそうだけど……なんて書いてあるんだ?」
「えっと」

 龍二が覗き込むと、八重は慌ててそれを掌でまるめた。

「え、ちょっと」
「…………」
「なんて?」
「内緒」
「おいっ」

 伸びてくる手をかわしながら、八重はごまかすように笑った。

「見せろって!」
「いや!」

 ひらひらと擦り抜ける八重をむきになって捕まえようとする。
 ふいに、八重の白い指にTシャツの衿を掴まれ、引き寄せられた。
 ふにゃ、と頬に柔らかい感触。それから、ちゅ、と可愛い音をたてて離れた。

「え?」

 離れた八重のピンク色の唇。ぶわ、と血液が一気に心臓に集まってくる。

「ぶっ、龍、変な顔ー!」
「なっ」
「おだちんだよ」
「はあ!?」

 べし、と紙きれを叩いて渡され、慌ててくしゃくしゃになったそれを開くと、『龍にキス』と走り書きがしてあった。

「な!?」
「さ、帰ろう」

 ベンチから勢い良く飛び降りた八重を、慌てて追いかける。
 気の早い星たちが瞬く藍色の空の下。街灯がつき始めた夕闇を、二人で駆け抜けた。

 帰りのバスに揺られながら二人でシナモンロールを食べていたが、いつのまにか八重は肩に凭れて眠ってしまった。パンくずのついた薄い唇を優しく拭ってやってから、龍二は窓際に頬杖をつく。そこに自分たちが映っているのを、ケージに着くまでぼんやりと眺めていた。


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