罪ノ子
 とある夏の日 / 宏夢


 晴はしばらくショックを受けていたようだが、おやつのジェラートを食べ終わる頃には落ち着いた。
 とりあえず日葵には「晴君の大事な所を引っ張ったらいけません」と言い聞かせたので、同じ事はもうしないだろう。
 今はリビングに敷いてやった昼寝用の布団で、二人仲良く眠っている。日葵の幸せそうな寝顔と、若干寝苦しそうな晴を眺めながら、宏夢は再び深い溜息をついた。
 全く、伊織の時はこんな事はなかったのに……いや、そうでもなかったかもしれない。やっぱり似た者親子である。

 苦笑しながら、宏夢は日葵の柔らかな髪を撫でた。
 二人分の可愛らしい寝息を聞きながら、ぼんやりと窓の外を眺める。そろそろ干したシーツが乾く頃だ、昼ご飯の準備もしないといけないし、伊織たちも帰ってくるだろう。ゆっくりしている場合ではないのに、この気だるい時間を手放すのも惜しくて――宏夢は重たくなってくる瞼を閉じた。



 晴れた空から降り注ぐ陽射しが、金色の陽だまりをつくっている。
 その真ん中で、宏夢は誰かと談笑していた。隣にいるのは駆蹴と、龍二と、それから――いや、やっぱり、よく思い出せない。うつつに聞こえるのは、無邪気な笑い声だけだ。
 目を凝らしても、手を伸ばしてみても、その曖昧な実体を捉える事は出来ない。
 けれど、無理に思い出そうと苦悩するより、この時間に浸っている事の方が重要に思えた。
 少し色褪せた、切ないノスタルジーとでもいおうか。宏夢の隅々まで、不思議な愛おしさは広がっていく。



「……ん、」

 頬を擦られる感覚がして、目を開けた。視界に映ったのは、心配そうに顔を拭いている日葵。

「おいたん、なかないで」
「ん?」

 そう言われて、初めて自分の頬が濡れているのに気が付いた。どうやら、うっかり寝入ってしまったらしい。

「泣いていないよ」
「ひまりがきらいってゆったから?」

 必死な面持ちの日葵に、思わず宏夢は笑ってしまう。頬を拭いながら体を起こすと、日葵がぎゅうっとしがみついてきた。

「ごめんね、おいたん。だいすきだよ」
「ありがとう、俺も日葵が大好きだ」

 抱きしめた日葵からは、陽だまりの匂いがする。柔らかくて、温かくて、眩しい未来がいっぱいに詰まった匂いだ。

 ガレージの方から、車のエンジンが止まる音がした。伊織と駆蹴が帰ってきたのだろう。寝ていた晴も両目を擦りながら「お腹すいた」と起きてきた。

「よし、お好み焼きでも作るか。その前に洗濯物取り込むの手伝ってくれ」
「ひまりのぱんちゅ!」

 悲鳴をあげた日葵が、慌てて庭に向かって走り出す。シーツと共に物干し竿で揺れているのは、日葵のお漏らしパンツだ。パパにバレるのはまずいらしい。

「転ぶなよ、日葵!」

 言ったそばから盛大にこけている日葵を見て、宏夢は声を出して笑った。
 この忙しく過ぎる毎日が、幸せだ。
 願わくば、このままずっと四人で暮らせるように――宏夢は、青く澄んだ空を見上げた。


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