贖罪ノ子
とある夏の日 / 宏夢
「日葵!?」
一瞬でも目を離した事を後悔した宏夢は、ライラックの木陰で蹲る日葵と、背中を撫でている晴の姿を見つけた。まさか木から落ちたのだろうか、冷や汗が背中をつたう。
「あっ、う、お、おいた、ぐしゅっ」
「……ん?」
しかし見た所、どこにも怪我をした様子はない。それよりも、日葵のショートパンツに出来た不穏なしみに、全く別の嫌な予感がした。
「お、おもらし、しちゃっ……」
「…………」
バツの悪そうな日葵を見て、宏夢は一気に脱力した。
日葵の下半身は緩めである。オムツがとれるのも遅かったし、未だにおねしょの回数も減らない。今回は、晴と遊ぶのが楽しすぎて粗相してしまったのだろう。いわゆる、嬉ションというやつだ。
「……おしっこ我慢するなって、いつも言ってるだろう」
「ひっ、ひっく、ごめ、なしゃ」
「ほら立って。お着替えするぞ」
「お、おふろ、はいる」
風呂など大袈裟な、と思ったが、晴にお漏らし姿を見られてしまったのは、相当ショックだったらしい。とぼとぼと歩き出した小さな背中に漂う哀愁に、本人には悪いと思いながらも吹き出さずにはいられなかった。
「おじさん、わらっちゃだめだよ」
「こういう時は笑ってやれよ」
「ううん、おれ、わらわないよ。だって、しっぱいはせいこうのもとだもん」
「は……はるくっ、」
数歩先を歩いていた日葵が、泣きべそ顔で振り返った。どうやら全部聞いていたらしい。感極まった様子で走ってくると、そのまま晴に飛びついた。
「うわあっ」
「……うわぁ」
べしゃっ
漏らした日葵に抱きつかれても、嫌な顔一つしない晴はもしかしたら大物かもしれない。
「くふ、ふすっ、うふふ」
上機嫌すぎる日葵の笑い声が、浴室から響いてくる。
結局晴の服も汚れてしまったので、二人まとめて風呂に入れた。一緒に入ろうとした宏夢は「おいたんはきらい!」と日葵に締め出されてしまったので、本日二度目の洗濯中である。どうやら笑われた事を根に持っているらしい。
「……それにしても、随分楽しそうだな」
洗濯機のスイッチを入れた宏夢は、恨めし気に浴室の方を振り返った。そんなに嬉しそうな笑い声、おいたんは初めて聞くんだが。そんなに晴くんが好きか。
「ひまり、背中あらってあげる」
「はるくんもこっちむいて!」
「後ろむかなきゃ、あらえないよ」
「ひまりもするの」
「わっ、そこはいいよう」
こらこらこら、何してるんだ日葵。
「あわあわ、きもちい?」
「ひ、ひっぱっちゃだめだってば」
「のびのび!」
いやいやいや、ちょっとどういう状況だ。明らかに戸惑った晴の声から、日葵の暴走が眼に浮かぶ。
「ひ、日葵、晴ー! おやつだぞー!!」
とてもじっとしていられずに、宏夢は声を張り上げた。
「はあいっ」
まんまと引っかかった日葵が、全裸で飛び出してくる。それをバスタオルでキャッチしつつ、慌てて浴室の中を覗いた。
「は、晴、大丈夫か?」
浅く湯を張ったバスタブの中で、晴は小さな三角座りをしていた。案の定、魂を抜かれたような顔で惚けている。
「……おじさん」
「ど、どうした」
ごく、と唾を飲み込む。
「おちんちんが痛い……」
今夜の絵本が「だいじにしてね! ぼくときみのからだ」に決定した瞬間だった。