罪ノ子
 宏夢 / 伊織


「宏夢君……っ」

 デクロを撃ったのは宏夢だった。
 急いで駆け寄ってくると、駆蹴の背中の裂傷に眉をしかめつつ、肩を担ぎあげる。
 駆蹴から溢れた血液が、宏夢の軍服を赤く染めあげた。

「う……えぅっ、宏夢くんっ、駆蹴さんが……っ」
「大丈夫だ。この程度なら何とかなる」
「い、いお、伊織の、せいでっ……ごめんなさい」
「大体、どうしてここにお前が……」

 複雑そうに視線を向けた宏夢は、ようやく伊織の羽根に気がついたらしい。ごくん、と唾を飲み込んだが、冷静を取り繕うように視線を逸らした。

「……とにかく、今は逃げよう」
「宏夢……悪い」

 宏夢の肩に捕まった駆蹴は、苦しそうに顔を上げた。

「傷口が開くから、しゃべらなくていい」
「でも、ここは危険すぎる」
「言っただろ、駆蹴たちが羨ましかったって。たとえ戦えなくてもサポートがしたかったんだから、これでいい」
「……俺は、まだ、お前らを」
「いいんだ。簡単に許せないことくらい、分かってる」

 今は聞きたくない、とばかりに話を遮る宏夢に、駆蹴も静かに頷く。緊張の糸がきれたのか、駆蹴はそのまま崩れるように気を失ってしまった。

「伊織」

 戸惑う伊織を、宏夢が振り返る。

「帰るぞ」
「……っ」

 差し伸べられたのは、大きな手だ。今までなら迷わず握っていたけれど、素直にそれが出来ない。
 一緒にいてもいい?
 伊織は邪魔じゃない?
 一言で片付けられない思いが渦巻く。
 けれど……

「おいで、伊織」

 そう優しく呼びかけられると、固まっていた心が簡単に解れていく。
 おろおろと、伊織は手を伸ばした。

 また、元に戻れる?

 微かに灯った希望の光。しかし、それを奪うかのように視界が陰った。

「え?」

 頭上に広がるのは、不気味で透明な羽根。撃ち落とされたはずのデクロが、再び舞い上がった瞬間だった。

「伊織!!」

 宏夢の強い力に引き倒されて、思わずその背中にしがみつく。
 嗅ぎ慣れた匂いがした。それは、幼い頃から貰い続けた血の匂い。

「ぐ……ハッ」
「宏夢君?」

 咳き込んだ宏夢の口から、大量の血液が溢れる。
 そこで伊織はようやく気がついた。
 デクロの鋭い鉤爪が、宏夢の腹部を貫通している。全身に彼の血を浴びた伊織は、発狂した。

「宏夢君っ、宏夢君!! いやっ、いやぁっ……!」

 わざと抉るようにして鉤爪を引き抜いたデクロは、勢いよく舞い上がる。血だらけの宏夢に狙いを定めると、再び急降下を始めた。

「やめてーーッ!!」


 ダンッ、ダァン……!!

 引き裂かれたような伊織の絶叫。
 そこへ二発の銃声が重なる。
 空中で踊るように舞い上がったデクロは、そのまま墜落し、ボキッと嫌な音をさせて動かなくなった。



「……っ、か、……は」

 そして、伊織もまた、仰向けに倒れていた。
 二発の内の一弾に、貫かれて。

 紺色の軍服を着た男が足早に近づいてくる。痙攣する伊織から宏夢を引き剥がすと、大声で衛生班を呼んだ。

「くそっ、出血が酷すぎる。おいこら、宏夢、しっかりしろ!」
「豹吾さんっ、シナプスがこっちにあります!」
「……一か八かだな」

 駆け寄ってきたのは、伊織が襲った整備士だった。彼が連れてきたのだろうか、豹吾と呼ばれた男は、隅にある巨大な貯水槽の蓋を開けると、当然のようにそこへ宏夢を投げ入れてしまった。

 やめて

 伊織の声は、届かない。
 涙を流せなくなった瞳からは、赤い血が滴るだけだ。

 宏夢君

 そう呼んだ筈だった。
 けれど、細い喉からは空気を吐き出すような虚しい呼吸音がしただけだった。


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