罪ノ子
 宏夢 / 伊織


 聞き覚えのある歌声が、はっきりと響いた。耳鳴りがしそうな強さに、意識まで持っていかれそうになる。
 なんで歌が聞こえるのかとか、どういう意味なのかとか、今まで考えた事もなかったけれど、たぶんデクロの血が流れている自分にしか聞こえないのだろう。
 駆蹴の厚い肩に額を押し付けて、浅くなっていく呼吸に耐える。

「……伊織?」
「はっ……う、う……ぐ、ギ」
「しっかりしろ、馬鹿!」

 血液が沸騰しているみたいだ。眼球が内側から圧迫されて、内臓が破裂しそうで。今にも人の姿を失うんじゃないだろうか。
 嫌だ、いやだ、イヤダ……!
 人とデクロの間で絡まる意識は混濁し、自然と体から力が抜けていく。
 天を仰ぐように傾いだ伊織は、ぼんやりした影に覆われた。
 黒縁の透明な羽根が、夢のように頭上を通り過ぎていく。まるでステンドグラスだ。揺らめく炎の赤を受けて、ふわりひらりと複雑に煌めいている。
 節の目立つやたら長い手足と、肋の浮き立つ体躯をした化け物――デクロは、退路を断つように舞い降りた。伊織と駆蹴を交互に見つめると、当然のように鋭い鉤爪を翻す。

「伊織!!」

 咄嗟に庇われた伊織は、強く頭を抱きこまれるような恰好で、駆蹴の低い呻き声を聞いた。

「う……ぐァ、」
「いやぁ……っ!」

 吹き上がる赤い血。生温かく滑る体。目の前が真っ暗になる。
 どうして? 死んだほうがいいのは、伊織だ。
 思わず駆蹴に覆いかぶさった伊織は、デクロに向かって夢中で叫んだ。

「来ないでー……ッ!」

 通じる筈がないのは、分かっている。
 けれど、叫ばずにはいられなかった。

「駆蹴さんは、大事な人だから……っ、宏夢君の、ぐす……っ、えぐ、だいじな人、だからっ」

 伊織は、駆蹴のように戦えない。かといって宏夢のように頭がいい訳でもない。それなのに、我儘ばかり言って、当たり前みたいに守ってもらって。二人の愛ばかり欲しがった。今更後悔したって、何もかも遅いのに。
 結局一人で何も出来ない伊織には、こうやって叫ぶ事くらいしか出来ない。

「逃げ……ろ、伊織」

 辛うじて上体を起こした駆蹴にしがみつく。絶対に離すものかと、シャツを握る指に力をこめた。
 伊織の額から流れた汗が、強張る頬をゆっくりとつたい落ちていく。
 奇妙な空白の時間。
 それは数秒だろうか、それともずっと長かったろうか。伊織は、恐る恐る背後を振り返った。
 デクロは宙に浮いたまま、困ったようにカクカクと首を左右に傾けている。

「……ジ、……っお、」
「え……?」
「オナ……ジ、」

 ざわっと肌が粟立つ。
 同じ……? 今、同じって言った?
 デクロの大きな瞳には、自分が映っている。背中に生えているのは、紛れもなく“同じ”羽根。単純なショックが伊織の胸に込み上げた。

「ち、違……」
「伏せろ!!」
「……っ」

 背後から激しい怒声と、乾いた発砲音がした。無理やり駆蹴に抱き寄せられて、視界が遮られる。
 何が起こったのか、一瞬分からなかった。けれど、撃ち落とされたデクロが地面に這いつくばっている。力を失った羽根が、気色悪くべっしゃりと広がっていた。

「……え?」
「駆蹴……っ、伊織!」

 振り向いた伊織の目に飛び込んできたのは、深緑色の軍服だった。


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