罪ノ子
 宏夢 / 伊織


 何度も足を運んだ事があるアグニス格納庫へは、迷わずにたどり着く事ができた。
 しかし、その変わり果てた光景に立ち尽くす。
 音を立てて燃え盛る炎、ひしゃげた鉄塊の山、散乱した死体。広すぎる倉庫内は、駆蹴はおろか宏夢の姿さえ見つけられない。
 すぐに引き返して逃げてしまいたかったが、伊織は勇気を振り絞って中へ足を踏み入れた。

「宏夢君……っ、駆蹴さん」

 頼りなく震える呼びかけに、返答はない。代わりに聞こえるのは、苦し気なうめき声だけだ。恐怖に引きつる伊織をあざ笑うように、弾けた火の粉が舞い上がる。悲鳴を上げて後ずさった拍子に、伊織は何かを踏みつけて転んでしまった。

「あっ……!」

 小さな掌が瓦礫の隙間から伸びている。
 爆発に巻き込まれたのだろうか。もう動かないその指は、宙を掴むようにしたまま固まっていた。そこに花弁のような鱗がくっついている。
 人間の手じゃない。けれど、まだ子どもだ。
 伊織の全身から汗が噴き出す。

「おいっ、そこで何してる!」

 奥から逃げてきた整備士の男が、しゃがみこんだ伊織に駆け寄ってきた。

「もうすぐここにもデクロが来る。危険だから早く避難しろ」
「あっ、あの、ここに小さい子が」
「そこに挟まってんのは、レギヲンだ。よく見ろ、指の間に水かきがくっついてる」

 吐き捨てるように言い放たれた言葉に、耳を疑った。確かにそうかもしれない。けれど、レギヲンだから構わないと簡単に割り切る事が出来ない。
 自分に、デクロの血が流れているからだろうか。

「で、でも」
「妙な事を言うな。そんなのに構ってる暇なんか……」

 いらついた様子で伊織を見下ろした男は、はっと息を呑んだ。
 伊織の背中の亀裂から、銀粉を塗したように濡れる羽根が覗いている。それは燃え上がる炎を硝子のように映し、美しくも禍々しく輝いていた。

「あんた……、どっちだ?」
「え?」
「人間じゃ、ないよな?」

 怯えた表情に変わった男は、慌てて銃口を伊織に向けてきた。どうやら伊織をデクロと判断したらしい。
 羽根を見られた事に気付いた伊織は、慌てて背中を庇ったが、何もかも遅かった。

「っ……やめて」
「しゃべるな、動くな、頼むから」

 やっぱり自分は、処分される側の生き物なんだ。
 自覚したと同時にトリガーがひかれ、伊織の脛に引き裂くような痛みが走った。

「あっ……ぐ、ギャアァっ!」

 獣のような悲鳴が、白い喉から溢れる。
 失われていく体温。濁る思考、歪む視界。
 内側に巣食っていた汚泥が、無理やり引きずり出されていく。

「ふ、ぐ……ウゥーッ、ぐギャッ!」
「あァッ何だよ、やめろぉっ!」

 白い皮膚を千切った羽根が、不気味に広がる。飛び上がった伊織は、男に食らいついた。
 背中の肉を掴み、縺れるように抑えつけ、首筋に歯をたてる。油と煤の混ざった味がしたが関係ない。

「ヒッ……誰か、助けて……!」

 男の頸動脈を舐めあげた伊織は、恍惚と微笑んだ。曖昧な虚に放り出された気分で、己の変容を受け入れる。

 もう、何も考えたくないんだ。
 もっと早くこうしていればよかった。
 出来もしないのに、人間の姿に縋り付いたから、複雑になったんだ。
 みんな、とっくに諦めていたのに。
 知らなかったのは、自分だけだったのに。



「伊織……!!」

 デクロに堕ちかけた思考が、僅かに留まる。
 振り返った伊織を、逞しい腕が強く抱き寄せた。

「……っあ」
「やめろ!!」

 滲む汗に混ざった、乾いた煙草の香り。
 呼吸が止まるほどきつく抱きしめられて、一際大きな鼓動が胸を打つ。

「か、けるさ……っ」

 嘘だ。
 自分の願望が、勝手に見せているだけだ。
 だって、もう「あの時」に嫌われているから。
 大きな掌に髪をかき混ぜられて、伊織の瞳から涙が溢れた。


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