思ノ子
 失思ノ子 / 篤


 ベッドの上に、篤は横たわっている。見たことのない青白い顔をして、もうずっと目を覚まさない。調査班が繋いだ人口ポンプのおかげで、胸に耳をつければ心音が聞こえたけれど、それは彼の物ではなかった。
 薫はベッドの側に椅子を寄せて、乾いた掌に自分の指を絡ませた。反応は返ってこない。いつもだったら、力強く握り返してくれていたのに。

 こんな思いをするくらいなら、最初から出会わなければ良かった。子どもの頃に、クローゼットに隠れた僕はレギヲンに見つけられていればよかったのだ。そうしたら、篤に出会って張り裂けそうな思いをすることもなかった。
 度を越えた疲労から意識を失いかけ、しかしすぐに気がついて朦朧としながら涙を流すことを繰り返す。
 どのくらい、そうしていたのか覚えていない。

「薫」

 永遠に続くかのような静寂に、波紋が広がる。
 薫は顔を上げた。豹吾だ。病室の入り口に佇んで、じっとこちらを見つめている。
 彼の両手には、自分と同じように包帯が巻かれていた。

「いい加減飯食えよ」
「……、いらない」
「分かってんのか? お前、三日も食ってないんだぞ」

 無言で首を振ると、いらついたように舌打ちをした豹吾は、薫の腕を引っ張りあげた。

「我が儘も、いい加減にしろよ」
「あっ痛い、放して」
「みんなお前のこと心配してる、頼むから少しは何か腹に入れろ」
「いや、いらない」
「お前がこんなことしてたって、篤が目を覚ます訳じゃないだろう!」
「……っ」

 声を荒らげた豹吾に、薫は再び涙を零した。

「だったら僕も死ぬ」
「お前、それ本気で言ってるのかよ」
「ひっく、本気だ、僕。篤がいなかったら、もう……うっ、え」
「…………」

 嗚咽を漏らして項垂れる姿に、豹吾自身も傷ついて、掴んでいた薫の腕を離した。

「……篤ならどうすんだよ」
「え?」
「俺じゃ駄目か?」
「……豹吾?」
「俺だって、お前のことずっと見てきた。薫が最初に中庭に来た時、呼ばれたのがあいつじゃなかったら、俺だってお前のことおぶっていってやれた。一晩中だって、抱きしめて一緒にいてやれたんだ。頼むから、あいつの代わりに俺が支えてやるから、死ぬなんて言うな……!」

 豹吾は、泣いている薫の体を無理やり抱きしめた。涙の止め方が、分からない。驚く程冷たい頬を両手で包み、強引に引き寄せる。

「……薫?」
「……ごめん」

 小さく震えているけれど、でもはっきりとした拒絶だった。
 豹吾は呆然として、きつく抱きしめていた体を離す。
 時が止まったみたいだった。しんと静まった部屋に、篤の心臓を動かすポンプの機械音だけが虚しく響いた。

 豹吾はそれ以上薫に触れられずに、そのまま病室を出ていった。

(5/22)
back  next


top story


Copyright(C)Amnesia
All rights Reserved.

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -