思ノ子
 防衛班就任 / アタル


 遠くの空が朝焼けに染まる。
 アスファルトの上を管制塔の影が長く伸びた。

『A点殲滅、帰還します』

 聖から入った無線に、わあっと司令室に歓声が舞った。時計を見ると、午前五時をまわっている。
 最後まで残ったのはA点だった。他ポイントはすでに戦闘を終え、歩兵班もほぼ無傷でケージに帰還している。
 深夜からの長時間の緊張状態に、そのまま床に倒れこむ調査班員もいたくらいだったが、アタルは椅子から立ち上がって駆け出した。
 ほぼ無人状態の二号館の廊下を走りぬけ、直接繋がっているアグニス格納庫へ向かう。角を曲がると、壁に背をつけたまま座り込んでいるソラがいた。髪はぐっしょりと濡れ、紺の軍服はたっぷりと水を吸い、ソラの体に貼り付いている。

「ソラ!」

 アタルの声に、顔を上げたソラの頬には、拭った血の跡が残っている。汚れるのも構わずにアタルは突進するように抱きついた。ソラからは、火薬と汗と、血の匂いがする。

「ひっく、ッふえ、ひぃん……」
「……危ねーな」

 ソラは自分の手の甲に取り付けられた銃を静かにはずすと、ゴトリと床に置いた。それから、アタルの髪を撫でゆっくりと背中に腕を回す。
 泣いて震えているアタルの体は温かい。
 戦いの緊張で強張った体が、じわじわと溶かされていくようだった。

「ひっく、死んじゃうかもって思った」
「なんで俺が」
「だって、いっぱい囲まれてた!」
「見てたのか?」
「うん」

 ぴくん、とアタルの背中の上に乗った腕が反応した。左手の指が迷ったように動いたが、そのまま静かに握り締める。
 考える余裕もないほどに疲れていた。
 泣き続けるアタルの体温を感じながら、ソラの意識は暗い底に沈殿していく。
 アタルの匂いだ。

「……あ、ソラ?」

 ずしりとソラの体が重くなったのでアタルが顔を覗き込むと、ソラは疲れきったように眠っていた。顔を上げたアタルの動きにずり下がってきた額が、ごちんとアタルの額に合わさって止まる。
 唇がふれそうなほどの距離にアタルは思わず固まったが、ずるずるとそれはアタルの首元までずり落ちた。
 ソラの重さに、アタルも身を預けながら目を閉じる。

 早朝の空には、白い月が浮かんでいる。
 それは、水平線を輝かせながら昇ってきた太陽の光に少しずつ消されていった。

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