儡ノ子
 家族 / 聖夜


 奏一の家は、聖夜たちのアパートから十分ほど歩いた場所にあった。
 紫や赤のアネモネが揺れる急こう配の階段を登り切ると、丁度真下に砂浜が見下ろせる場所へ抜ける。
 西へ沈む太陽が海に金色の道を作っていたので、聖夜は思わず足を止めた。
 繰り返す波の音、肌にまとわりつく潮風。
 輝く夕暮れに、覚えのある憂愁の色が滲んで見える。

「せいちゃーん!」

 先を駆けていく芽太に呼ばれて振り返ると、奏一の家はすぐそこにあった。
 静かな古民家が立ち並ぶ内の一軒らしく、小さな庭もある。
 表の玄関には奏一の母親と思われる女性が立っていて、聖夜たちに気がつくと朗らかに笑った。
 日に焼けた肌と人懐っこそうな表情で、思っていたよりもずっと若い。もしかして自分と同い年くらいかもしれないと聖夜は思った。

「わざわざ送ってもらってすみません。奏一がお世話になりました」
「いえ、うちの芽太が一緒に遊びたいと言って、」
「あっ、よく話を聞いてます。あなたが芽太君?」
「……っあう」

 途端、芽太は聖夜の背後へ隠れてしまった。こんなところで人見知りが発揮されるとは思わず、聖夜が「挨拶しなさい」と促すと小さな声で「穂高芽太です」とだけ言った。

「母さん、おいしいケーキを食べたんだよ」
「ご馳走になったの、よかったね奏一……あら?」

 それまで奏一の話に耳を傾けていた母親は、突然まじまじと聖夜の顔を見ると、神妙な面持ちで話を切った。
 何かおかしな対応をしただろうか。身を乗り出してきた彼女に、思わず後ずさりをする。
 丸い茶色の瞳が何かを探ろうとしていた。無遠慮な視線に晒された聖夜は、思わず唾を飲み込む。

「……、どこかで会ったことがあるかしら」
「えっ」

 聖夜は困って口を噤んだ。もちろん彼女の記憶は何一つ残っていない。

「……あの、」
「あっ、急にごめんなさい。人違いかもしれないから気にしないで」

 しかし特に追求するつもりもなかった彼女は、さっさと別の話題に切り替えた。

「親子揃って綺麗な顔でうらやましいわ」
「あ、いえ。この子は僕の弟なんです」
「あら、ずいぶん年が離れてるのね」

 だんだん居心地が悪くなってくる。あまり詮索されても困るし、そもそも長居するつもりもない。
 咄嗟に芽太の手を握った聖夜は、愛想笑いを顔に貼り付けたまま軽く会釈した。

「じゃあ、僕らはこのへんで。奏一君、さようなら」
「ばいばい」
「奏ちゃん、またね」

 奏一の家を離れた聖夜と芽太は、やや足早に元来た道を戻った。
 階段を下りる度に脂汗が滲むようで、変な動悸がしてくる。
 どこで、いつ会ったのだろうか、そもそも帝国隊だった自分に一般人の知り合いがいたなんて……近くに住んでいるのなら少し不安だ。
 正直あまり関わらないほうがいいとすら思ったが、芽太と奏一を自分の都合で引き離すことなど出来ない。

「せいちゃん?」

 無意識に芽太の手を強く握っていたらしい。
 不思議そうに見上げられていることに気が付いて、慌てて力を弛めた。

「どうしたの? お腹痛い?」
「ううん、何でもない。それより芽太、今日の夕飯はロールキャベツだよ」
「やったぁ! 僕、お手伝いするね」

 可愛い鼻歌まじりの芽太と、再び歩き始める。
 じわじわと真綿で絞められるような息苦しさがしたが、聖夜はやはり気にしないことにした。
 そもそも彼女も分からなかったんだし、もし過去に何かあったとしてもそれほど親しい仲ではなかったはずだ。
 きっと大丈夫――、今までと同じように、何の問題もない。


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