儡ノ子
 放鳥 / 聖夜


「聖夜。お前、少し休憩しろ」

 背後から肩を叩かれた聖夜は、はっと気が付いた。
 振り向けば、軍服を着た月輝が眉間を寄せている。さらに背後にいた遊撃班のメンバーは、驚いた様子でこちらを見ていた。

「さっきから、ずっと的を外してる。お前らしくない」
「……え?」

 月輝の言う通りだった。自分の目の前にある訓練用の的に、弾はひとつも当たっていない。
 真っ青になった聖夜は、月輝からタオルを受けとるとベンチに腰かけた。
 最近は、ずっとこうだ。
 絶対の信頼を置く調査班が、そうなるように作ってくれたのだと過信していた自分の存在が、音を立てて崩れている。
 このままではいけない。
 いけないと思うのに、自分ではどうすることも出来ない。
 頭を抱えてベンチに踞った聖夜に気がついた月輝が、そっと隣に座って背中を擦ってくれた。

「聖夜、お前最近変だぞ」
「……そんなことない」
「そう思ってるのはお前だけだ、何か悩んでるんだったら、」
「違うってば!」

 差しのべられた手を勢いよく払いのける。
 しんと静まりかえる訓練室に、しまったと気が付いたが遅すぎた。

「ご、ごめん……、ちょっと頭冷やしてくる」

 慌てて聖夜は呟くと、訓練室を立ち去った。
 どうすればいいのか分からない。自分の存在意義がどこにも見当たらないのだ。

「雪代聖夜」

 冷たく薄い、銀氷を滑るような声に呼び止められた。めったに姿を見せない四十万是則が、廊下の向こう側に佇んでいる。

「訓練はどうした」
「すみません……、少し調子が悪くて」
「……調子が悪い、か。しかしそのことで丁度君に話がある」

 是則は再び首を傾げると、その細く白い指で自分の薄い頬を撫でた。
 何か考え事をするときの彼の癖だが、それが聖夜にはあまりいい気がしなかった。

「君の最近の訓練結果を見せてもらった。今の現状が続くようであれば、我々は今一度、遊撃班の人選を考え直している」
「どういうことですか?」
「君の遊撃班班長の任を解くということだ」
「……、え?」
「それに加えて、君の最近の素行にも問題がある。一般人から通達があったよ。何でも男の家を渡り歩いているそうじゃないか。あまりに帝国隊の名を貶めることがあれば、班長はおろか、帝国隊からも君を除名する」
「そ、そんな、待ってください」

 焦って是則の言葉を遮ったが、周りを行きかう帝国隊員はぎょっとしてこちらを振り返っていた。
 冷たい汗が背中を滑り落ちる。はっきりと否定することも出来ずに、聖夜は自分の唇を噛んだ。

「それが嫌なら、きちんと考え直すことだ」
「……分かりました」
「もう君は帝国生ではない。常に責任を負い注目される立場にあることを忘れるな」

 是則は、背中を向けると廊下の奥へと消えてしまった。焦る思いは、聖夜の体の内側をぼろぼろと剥がしていく。
 この居場所まで失ったら、僕はきっと駄目になってしまう。

「だめだ……、このままじゃ」

 聖夜は苦い決断を自分の中で決めた。


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