白木蓮の木陰に座って本を読んでいる少年がいた。
うつむいた長い睫、白い頬、薄い唇は柔らかく弧を描いている。見上げた瞳の色は、澄んだ萌黄。
今日は、あいつにしよう。
嘘を知らない鼓膜を震わす甘い声で、皮膚の表面を撫でるように、そうっと優しく。
俺は確実に絡めとって、生白い手を引っ張り上げることに成功する。
豚のあばら骨を齧って飢えを凌いでいたあいつも、めずらしい褐色の肌を綺麗だと褒めたら照れていたあいつも、「兄ちゃん」と舌足らずに自分を呼んで、小さい指で袖を掴んできたあいつも。
あいつも、あいつも、あいつも――
走馬灯のようにいくつもの顔が過ぎっていく。それが渦になって押し寄せてくる。
気がつくと、ベッドしか置かれていない殺風景な部屋の真ん中に立っていた。
早朝の弱い光に照らされた裸の達貴が、ぼんやりとベッドの上に座っている。
白い肌に散らばる、無数の赤い痣。白濁に汚れた尻。叩かれたのか、涙の跡の残る頬は赤く腫れていた。
唾液に濡れた細い顎に、一筋の赤い血が滴る。
ゆっくりと俺を見上げてくる。
あの、萌黄の瞳で。
「「「「「うそつき」」」」」
「……っ!」
飛び起きたのは、また同じベッドの上だった。
汗が止まらなくて聖はしきりに手の甲で額を拭うと、枕元においてあったミネラルウォーターを口に含んだ。その残りを頭の上から被り、獣のように頭を振って水を切る。
そのまま体を引きずるようにして立ち上がり、窓際のブラインドを開けると、目の前に広がる海は真っ黒だった。
息苦しくてたまらない。喉から胸のあたりを掻き毟りたくなる。
きつく閉めていた窓を押し開くと、雨上がりの湿った夜風が部屋の中へ吹き込んできた。Tシャツの上をじっとりとなでる風に、思わず聖は固まった。濡れて、肌に纏わりついてくる。
ざざ、ざざ……ん
俺を飲み込んで消してしまおうと黒い波が近づいてくる。
違う、そんなのは妄想だと脳は判断するのに、体が吸い込まれるように傾いていく。
聖は慌てて窓を閉めると、逃げるようにシャワー室へ駆け込んだ。
ドアを閉めてナノマシンをかざすと、シャワーヘッドから噴出した冷たい水が、聖の震える肌をたたいた。それを頭から被りながら、自分に言い聞かせるように呟く。
「しっかりしろ」
犯罪に手を染めなければ、生きられなかった。
着たままの服が水を吸って重たく肌に張り付いていく。べしゃりとタイル張りの床に膝をつけてしまえば、そのまま体が底なしの沼にはまったように沈んでいく感じがした。
「俺は、平気だ」
確かめるようにつぶやいた声も、叩きつけるシャワーの音にかき消された。