儡ノ子
 縋付 / 聖


 中庭を横切ると、まるで雪が降り積もったような白木蓮の姿に思わず足を止めた。
 その木陰に、少年が座っている。
 明るい胡桃色の髪は柔らかに風に揺れ、シャツの襟元をきっちりとボタンで留めた清楚な姿に、聖は一瞬ぞくりとした。
 一緒に座っている子供たちは、彼が広げる絵本を真剣に覗き込んでいる。

「それから、最近は悪いオオカミが出ますから、用心するのですよ」

 優しく響く、心地の良い声だ。伏せた睫は長く、白い頬に儚いグレーの影を落としている。

「オオカミはガラガラ声で黒い足をしているから、決して家の中に入れてはいけません」
「たっくん、こわいね」
「ん?」

 たっくんと呼ばれた少年は、萌黄色の大きい瞳をしていた。男か女か迷うほどに可愛い顔立ちでふんわりと微笑むと、子供の頭を撫でている。

「大丈夫。白い手で、きれいな声だったらヤギのお母さんだよ」
「たっくんみたいに?」
「僕よりもっと真っ白で、ふわふわの手だよ」
「ふわふわ?」

 少年はその唇に微笑みを滲ませると、次のページをめくった。

「ぼうやたち、あけておくれ、お母さんだよ」
「きゃー!」

 楽しそうに悲鳴をあげた子供たちが走り出す。その内の一人がドシンとぶつかってきたので、聖はとっさに体を支えてやった。

「……危ねーな」

 木陰に座っていた少年が顔を上げ、萌黄の瞳が揺れた。芽吹いたばかりの若葉が、木漏れ日に透ける色。
 悪くない、いや、とびきりの上玉。いつもの常連客が喜びそうだ。
 無意識に頭の中で値踏みが始まる。

「うわぁあ! オオカミだー!!」
「はあ?」

 耳を劈くような子供の奇声に、聖は現実に引き戻された。

「きゃー!」
「オオカミだー! 隠れろー!」

 誰がオオカミだって?
 聖は眉根を寄せたが、子供たちは楽しそうに中庭を駆け回っている。

「いじわるおおかみはあっち行け!」
「見たことないやつ!」
「出ていけー!」

「こら」

 まったく迫力のない柔らかい声が響いた。

「だって、あいつおおかみだよ!」
「たっくん食べられちゃうよ!」
「……食べられないよ」

 背後に隠れる子供たちを宥めながら、彼は困ったように絵本を閉じた。
 警戒心のないやつだ、こういうのは単純で簡単。ストレートにかぎる。

「初めまして、名前は?」

 ほとんど反射的に名前を聞いていた。

「え……あ、雨咲達貴あめさきたつきです」
「ふーん、よろしく」
「よろしく……?」

 聖が差し出した掌を、達貴はやわらかく握り返した。
 あーあ、一発アウトだ。まあ、それはあの街にいたらの話だが。

「あっち行け」
「たっくんからはなれろ」

 舌足らずなくせによく口のまわる子供たちは、達貴の背後からちぎった芝生を投げてくる。

「……本当に食ってやろーか」
「!」

 口を開けてべろりと舌を出した聖に、思わず達貴まで息を呑んだ。

「ぎゃー!」
「あっち行け!」

 馬鹿馬鹿しくなった聖は、繋いだ手を離すと立ち上がった。今ここで獲物を手放しても、食事に困ることはない。

「あの、」
「あ?」
「君の名前は?」

 萌黄の澄んだ瞳は、自分に向けられている。
 思わず固まった。

「……聖」

 久しぶりに口にした自分の名前は全くしっくり来なくて、喉につかえた魚の骨のように違和感だけを残す。
 聖はポケットに両手をつっこむと、今度こそ立ち去った。


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