アムネジアは本でしか存在を知らなかった島だ。
それが本当にあって、自分がここにいることが未だに信じられない。
瓦礫と死体の山だと噂されていた浜辺は珊瑚礁に満ち、爆煙で薄暗く煤けて描かれた管制塔は、まるで磨き抜かれた鏡のようだった。四角い陽だまりが出来る廊下、綿雲が浮かぶ空、救護室のベッドに怪我人もいない。
さらに穏やかな午後を演出するかのように、コーヒーメーカーからはいい香りが漂ってくる。これでは今まで自分がいた街のほうがよっぽど地獄だった。
聖はソファに腰掛けたまま、目の前で検査結果の資料に視線を落とす南を見上げた。
「で、なんかヤバい病気にでもなってた?」
「いや、検査の結果は問題なし」
「ふーん、意外と平気なもんだな」
「今から特別候補生になるなんて異例中の異例だがな」
「それって本気で言ってんの? 勘弁してよ」
「帝国隊になることが、お前の引き渡し条件だ」
先日まで住んでいた街で犯罪を犯した聖は、収容された刑務所から突如釈放された。
身寄りのない自分に高い保釈金を払うなど、どんな物好きが現れるのかと思えば、迎えに来たのはなぜか帝国隊だった。
聖にとって、ケージは新しい収容所に過ぎなかった。しかし、生きていくための力が足りないことは、知りすぎるほどに理解している。
聖はコーヒーを飲み干すと、救護室を後にした。
(1/12)
next
top story
Copyright(C)Amnesia
All rights Reserved.