「馬鹿じゃねえの」

無表情でそう言い放ったのは勘ちゃんだった。
いつもにこにこで怒ってる姿なんか滅多に見せない勘ちゃんのそんな様子に体がぶるりとふるえる。
何この状況。
本気で怖い。

そもそも何故勘ちゃんが無表情でマジ切れしてるのかと言えば、私と八左ヱ門が二人で連れ立って我が家にやってきたからである。
いや、まあたぶんそれだけなら勘ちゃんも切れたりしなかっただろう。
問題は別のところにある。

私たちが二人で我が家にやってきたのは、八左ヱ門に明日提出の課題に使う資料を貸して欲しいと頼まれたからだ。
明日提出にも関わらず未だにまったく手を着けていない課題をなんとかするべく八左ヱ門は図書室に資料を借りにいったが、当然そういう資料は早々に貸し出されていて見当たらなかった。

そこで白羽の矢が当たったのが私だ。
同じ講義を取っている私は同じ課題を出されているわけで、つまり使う資料は同じもの。
しかも私は昨日のうちに課題を片付けてしまったのでもう資料は使わない。
ならば今日の帰りに取りに行くという流れになるのは当然で、八左ヱ門は我が家にやってきたのだった。

で、だ。
そんな八左ヱ門とぐだぐだ喋りながら我が家の前にやってきて、いざ部屋に入るという時になってあ、と八左ヱ門が声をあげた。
そんな呟きに反応して後ろを振り返れば私の目に困り顔の八左ヱ門が映る。

「何?どうかした?」
「いや…その、」
「何?」
「…ま、まずいかな、って」

視線を泳がせながら言う八左ヱ門にはあ?と低い声を出せば、八左ヱ門は焦ったように言葉を続ける。

「えっと、そう、俺ちょっと用事があったんだった」
「………」

なんだそれ。
八左ヱ門のあまりにも分かりやすすぎる態度にさすがの私もイラッとする。
なかった事に、したんじゃないの。
そんな言葉が口をついて出そうになったけど、結局うまく声に出せなくて黙り込む。
声を出して詰め寄ってしまえば泣き出してしまいそうだった。

「…わり、その、」

八左ヱ門が困りきった顔でその場を取り繕おうと意味のない言葉を並べる。
私はもうただ俯いて、いっそ私なんて構わないで帰ってくれたらいいのになんて考えていた、その時。

「馬鹿じゃねえの」

勘ちゃんの、初めて聞く冷たい声が響いた。

「か、勘右衛門…」
「全部聞いてたんだけどさ、何やってんのお前」
「いや、俺…」
「お前の釈明とか聞く気ないから」

勘ちゃんのあまりの迫力にたじろぐように八左ヱ門が言葉を詰まらせて俯く。
対する私はこんな状況だっていうのにぽかんと口を開けて勘ちゃんを見ていた。
あの、楽しい事大好き!みんな仲良くしよう!の精神で生きている勘ちゃんが怒って八左ヱ門を睨みつけているだなんてまるで現実味がない。
ああ、だけどそういえば前に勘ちゃんは元ヤンなんだって誰かが言ってたっけ。
あの時は冗談だと思って笑ったけどきっとほんとの話だったんだ。
そんなふうに意識をよそへ飛ばしてる間に勘ちゃんは八左ヱ門へ詰め寄って、帰れと低い声で言う。
八左ヱ門は迷っているようだったけど、結局ごめんと小さく言って走り去っていった。

「…名前、大丈夫?」
「うん、何かそれよりびっくりしちゃって吹っ飛んだ」
「びっくり?」
「勘ちゃんがすごくて」

ふふ、と笑えば勘ちゃんは眉毛をこれでもかって言うくらいへにょりと下げて、笑わないでよと苦笑いする。

「ごめんごめん。…ありがとね」

私も勘ちゃんと同じように眉を下げながらそう言えば、勘ちゃんはうん、と頷いて私の肩をぽんぽんと軽く叩く。

「…勘ちゃんはやさしいね」
「知らなかった?」
「ううん、知ってた」

へらりと笑ってそう言えば、勘ちゃんもそっか、と呟いてへらりと笑った。


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