「あ、おはよー八左ヱ門。今日来るの遅かったね」
「…あー、なんか、寝過ごした」

教室に入って名前の顔を見た瞬間、逃げ出そうとした俺はあっさり名前に声をかけられてしまった。
意外にも普通の調子で話しかけてくる名前に拍子抜けしながら頭をかく。
普通に返せば、いいんだよな…?
内心びくびくしている俺に気付いていないのか、名前は呆れたような表情を作ってこれ見よがしなため息をついた。

「単位ヤバいんじゃなかった?真面目にやらないと留年の危機だよー?」
「…うっせ、俺なりに真面目にやってるっての」
「どこがさ。まあ気の利く名前さんが代返頼んどいてあげたから感謝しなさい」
「マジで!?やった、ありがとな!」
「ふふふ、まあ八左ヱ門が後輩になった姿をあざ笑ってもよかったんだけど、今回は情けをかけてやったのだ」

ふふんと胸を反らせて名前が言う。
俺はそんな名前に手を合わせて拝んでみせる。
不思議なくらい、いつも通り。
あの夜のことは夢だったんじゃないかと錯覚しそうなほど。

でも俺は確かに雷蔵に相談したし、なにより名前のあの表情が忘れられない。
やってしまった、どうしよう。
そんな事を考えてるのがありありと伝わってくる顔。
だから冗談ってことにした。
俺はずっと名前を親友だと思ってきたから名前の気持ちには答えられない。
名前もそれを分かってたんだろう。
そうじゃなきゃあんな表情はしない。
だったらいっそなかったことにした方がきっとお互いのためだ。

…なんて、そんなのはただの言い訳かもしれない。
本当はただ俺が名前を失うのが怖かっただけで、名前の気持ちなんかどうだってよくて。
雷蔵と三郎、兵助と勘右衛門みたいに俺と名前はいつだってセットで数えられてきた。
そんな大事な存在が急にいなくなくなるかもなんて考えるのが怖かった。
ただそれだけで名前の気持ちを冗談ってことにしたのかもしれない。

…最低だな、俺。

重たい気分のまま机に突っ伏してそのまま目を閉じる。
名前がまだ寝てんの?なんていう声が聞こえてきたけどとても顔を上げる気にはなれなかった。
俺がこんな態度を取ればきっと名前は傷付くって分かってる。
だけど俺の今の表情を見たらたぶん、名前はもっと傷付くんじゃないだろうか。

「とかなんとか考えてんのも結局保身じゃねえのとか考えてもうどうしたらいいのか分かんねえ」
「考え過ぎなんじゃない?」

授業が終わったあと、またもや雷蔵に相談してみればいつも迷いまくる雷蔵にそんな風に言われて俺はがくりと肩を落とした。
でもこれは考え過ぎなくらい考えるべき問題だと俺は思う。
名前と今後、どうするか。
…どうするかも何も、今まで通りなんだけど。

「八左ヱ門の答えが今まで通りで、名前がそれに合わせて来たなら迷う必要ないんじゃない?」
「…そう、なのか?」
「そうでしょ。それに自分が今まで通りに出来ないのになかった事にするのはよくないと思うよ」

ごもっともな雷蔵の意見にぐっと押し黙ってうなだれる。

「…明日は、頑張る」
「それがいいと思う」

そんな感じに雷蔵に励まされている俺が三郎にタックルをかまされるまであと三十秒。


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