ふ、と目が覚めると私は見覚えのない和室にいた。
どうやら私はしんと静まり返った部屋のど真ん中に寝かされていたらしい。

「…あれは夢、じゃない…?」

呟いて、そう言えば最後に聞こえた自称神様の声がこれは現実だと告げていた事を思い出す。
夢じゃない、それはつまり、私は今天女設定で忍たまワールドにトリップを果たしているって事だろうか。

…いや、いや、まさか。
そんな夢小説みたいな出来事が起こる可能性より道端で転んで気を失った私を親切な誰かが介抱してくれた可能性の方がまだ高い。
加えて、たとえ法外な金額を要求されるような事態になったとしても、間違いなくそっちの方が数億倍マシだというのは明らかだ。

だって天女設定なんて死亡フラグのオンパレードだろ常識的に考えて!
六年生が悪質なストーカー化してたり、五年生がヤンデレ化してたり、四年生がこちらの様子をちらちら伺ってたり…いや最後のは別に死亡フラグじゃないし何これ天国?だけど。
いやそれはともかく、以上の点に加えて先生方からの敵意、くのたまからの敵意、そして何より傍観夢主からの敵意!
これらが組み合わさっていつ死んでもおかしくないのが天女設定だ。
つまり夢小説とか嗜んじゃう程度にオタクな以外はただの一般人な私なんて瞬殺。
無様な声を上げて死ぬしかない。

…お願い神様!ここは現代日本だと言って!
ぎゅっと目を閉じてからそう強く念じておそるおそる目を開ける。
もちろん、景色は変わらない。
変わらない、けれど。

「目が覚めました?」

私の耳に届いてしまったのは、穏やかでとても優しげな置鮎ボイス。
つまり、忍術学園の六年生、善法寺伊作が、そこにいた。

「っ、な、何で…」

ありえない、だろ、こんな、こんなの…こんなの絶対おかしいよ!

「大丈夫、僕はあなたに危害を加えるつもりはありません。心配しないでください、」

天女さま、と優しくとろけるような笑みを向けられて、ぞわりと背筋が寒くなる。
一言も喋ってすらいないのにそんな甘ったるい目を向けられるほど私は可愛くも綺麗でもない。
それってつまり、私は見事に天女としてもてはやされるためにチャームの術を善方寺伊作にかけてるって事だ。
もう一度言おう。
こんなの絶対おかしいよ!

「え、と、あの、寝かせて頂いて、ありがとうございました」
「いいえ、気になさらないで下さい。あなたの為に何かが出来るなら、それだけで僕は幸せなんですから」

正直に言おう。
怖いし、重い。
いくらイケメンだろうと初対面の人間にそんな事を言われてわーい嬉しいな!なんて喜んでいられるほど私は脳天気じゃない。
そもそも天女設定だからというのが分かってる時点で君の思いが受け入れられる事は絶対にないのだよ、善法寺くん。

「あー、それじゃ、私はこれで失礼します」
「駄目です」
「…え、」
「学園長先生から言付けを預かっています。目が覚めたら学園長室に来るように、と」

にっこり笑われて手を差し出され、戸惑っている内に立ち上がらされる。
さすが六年生、と言うべきか。
あっさり私を持ち上げて反論する間もなく手を引いて歩かされてしまう。
これじゃあ逃げる事は不可能だと確信したので仕方なく学園長室までの道のりを自主的に歩き始めるが、それでも善法寺が手を離す様子はない。
天女って大変だな。

やれやれとため息をつきたくなりながら学園長にどうこの事態を説明すべきかを考えた。
自称…いや、実際にこんな事態になっている辺り、自称じゃなく本当に神様なんだろう。
ともかくあの神様が言うには学園の外に出ればチャームは解けるらしいし、学園長に言えば一発で終わりの筈だ。
あの神様の暇つぶしに付き合う義理はない。
とっとと終わらしてしまおう。
そう決めて学園長の元まで行ったが、私は暇を持て余した神様の遊びを舐めていた。

一通り私がどんな世界にいたのか、どうしてこちらの世界にきてしまったのかを説明し、こっからが本番とばかりに天女設定やその解呪の方法を言おうとすると口から勝手に言葉が滑り出てしまったのだ。

「ここから出ても世の中の事が何も分からない私には生きていく術がありません。ですから、しばらくの間、私がこの世界の事を覚えるまででいいのです。私をここに置いていただけないでしょうか。もちろん何でもお手伝いをします。掃除や料理、やれと言われれば何でも致します。ですからどうか、どうか情けをおかけ下さい」

これが、神様の力というものか。
愕然としながら学園長をみやれば、学園長はよおし!と声を上げた。
おいやめろ、落ち着け貴様。
お前は教育者として不審者の私を受け入れてはならない筈だ。
考えろ、思いつきで行動するな。

「お主をこの忍術学園の事務員兼食堂のお姉さんとして雇おう!」

ふざけんなくそじじいいいいい!!!!
心の声は確かにそう言っているのに、私の口から出たのは涙声でのありがとうございますだった。
ついでに私の部屋は都合よく空いていた六年長屋の一室。
はいはい天女天女。
エンディングは死亡一択ですね分かります。
がくり、うなだれながら我が身の不幸を嘆く私に、先生方の冷たい視線が突き刺さっていた。


list


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -