本日、忍術学園は私がこの世界にやってきてから初の休日を迎えていた。
そのため忍たまたちは各々自分の部屋にこもったり、鍛錬に出かけたりと思い思いの休日を過ごしている。
そしてそれは私も例外ではない。
今日一日!自由行動可能!なのだ!
それはつまり外に出て天女補正を解除する大チャンスということ。
このチャンスを逃す手はない。
ちょっとそこら辺までのんびり散歩にでも、と言えば外出許可ぐらい簡単に出る…筈。
もしかしたら外に情報もらすつもりじゃないかとか疑われる可能性もあるが、まあそうなったら申し訳ないけどどなたか教師の誰かについてきて貰おう。
さすがに忍術学園から一歩たりとも出さないという事はないだろうし。

「目指すは天女補正解除!」

気合いを入れて身支度を終え、からりと引き戸を開ける。
一応あたりを見回して周囲に誰もいない事を確認。
もし見つかって絡まれたら厄介だし、最悪外に出られなくなる可能性がある。
今日という今日はなんとしても外に出なければならないので十分過ぎるほど警戒して、安全を確認してから拳を握った。

「よしっ、行くぞ!」
「行くってどこへ?」
「ひいっ!?」

ぽんっと突然肩を叩かれて、声を上げるとくすくす笑う声が耳元で聞こえてすうっと背筋が寒くなる。
この、声、は…

「おはよう、名前ちゃん」
「お、尾浜、くん…」
「あはは、何その顔。かわいい」

完全にビビった顔をしてるだろう私に言うセリフじゃないと思うが、恐怖で突っ込めないまま黙り込む。
別に今は普通の様子だけどこの間の事を思うと気が抜けない。
わざわざ尾浜の神経を逆撫でして恐ろしい目に合いに行くような被虐趣味は私にはないのだ。

「もしかしてどこか出かけるの?」

そんな私の警戒心バリバリな気持ちなど構わないのか、尾浜はににこにこしながら私に話しかけてくる。
とりあえずそれにこくりと頷いて答えれば尾浜はじゃあさ、と言葉を続けた。

「行く場所とか決まってるかな?」
「別に決めてないけど」
「じゃあ、俺と遊ぼうよ!」

だめ?と言いながら首を少し傾げてじっと私の目を見るなどという、かわいい女子が男子にやったらイチコロな仕草で尾浜は私の様子を伺ってくる。
女子力アップの高等技術過ぎるぞ尾浜…。
尾浜クラスタのお姉さんたちなら垂涎ものだろう。
でも私はどんなに尾浜がかわいかろうとかっこよかろうと死にたくはないのでホイホイされずに首を振ってお断りをする。

「悪いんだけど出かけたいから」
「でも決まった予定はないんでしょ?ならいいじゃない」
「いやいや、」
「…俺と遊ぼう?」

そう言ってすっと目を細めた尾浜の表情にぴくりと私の体が揺れて、強張る。
尾浜の口元は笑っていた。
だというのにどろっと濁ったような色をした目はあの夜を思い起こさせる。
天女の羽衣を引き裂くと笑った、あの夜を。

「………」
「ねえ名前ちゃん、どうする?」

どうするもこうするも、尾浜は私を逃がすつもりはなさそうだ。
そして私に尾浜から逃れる手だてはない。
最初にはっきり予定があると言ってしまえば良かったんだけどそんな後悔はもう遅かった。

とはいえ、次の休みまで天女補正解除を待つほど私に心の余裕はない。
一刻も早く天女補正を解除して死亡フラグ建設の日々を終わらせ、少なくとも死ぬ心配はない生活を手に入れたいのだ。
毎日殺されるかもなんて考える生活にこれ以上は耐えられない。
…非常に不本意ではあるけどここは尾浜と一緒に外出して補正を解除しよう。

「えーと、じゃあ尾浜くんも一緒に散歩に行こうか」
「散歩かあ…うん、いいよ。俺のおすすめの場所に案内してあげる」

にっこり笑いながらさりげなく繋がれた手はこの際無視をする事に決めて、私は精一杯の愛想笑いでよろしくと尾浜に答える。
とにかく外に出る事さえ出来ればなんとかなる筈だ。
きっと一歩外に出た瞬間、尾浜は俺なんでこんなモブみたいな女と手を繋いでんだろうと思うに違いない。
それはそれで悲しい気もするがそんな心のダメージで命が助かるなら安いもんだ。

「…ところで尾浜くん、門とは逆方向に向かってる気がするんだけどどうしてなのかな?」
「俺のおすすめの場所が忍術学園の中にあるからかな」
「いやいや、私は気分転換に外に行きたいんだけど」
「大丈夫、心配しなくてもちゃんと気分転換になるから」
「いや、だから、」
「はい到着!」

私の主張を一切聞く気がないらしい尾浜にもう一度外出を訴えようと口を開くがそれすら遮られてスルーされて、返って来たのは笑顔と到着を告げる声だった。
え、ていうかもう着いたの?

「ここ…忍術学園の菜園?」
「うん、そうだよ。…名前ちゃん、ちょっとごめんねー」
「え?なっ、わあっ!?」

尾浜に声をかけられた直後、ぐるんっと視界が回って頭が揺れる感覚に襲われる。
反射的に目をつむって、次に目を開いたら私は尾浜に俵担ぎされていた。
た、俵担ぎ…だと!?
運ぶならほら、もう少しあるでしょうよ!
別にお姫様抱っことかは期待してないけどこの運び方はお腹が圧迫されてめちゃくちゃ苦しいんですけど…!

「お、はまく、ん、くるし、」
「もう着くから待ってねー」

人を一人担いで移動してるとは思えない速さで歩く尾浜はそう答えて、がんばれーなんて他人事のように笑う。
誰のせいで苦しい思いをしてると思ってんだちくしょう!
尾浜への怒りでぎりぎり歯を食いしばりつつ、今どこに向かってるんだろうと考える。
さっき到着と言ったくせにまだ移動するっていうのはどういう事なんだろう。
しかも右に曲がったり左に曲がったりまるで迷路を歩いているみたいな足取りだ。
…ん?迷路?
あれ、なんか思い出しかけたような…

「名前ちゃん、降ろすよ?」
「わ、っと、」
「お待たせー。ここが忍術学園の菜園こと、生物委員会制作の迷路でーす!」
「め、迷路…?」
「うん、迷路」

それはつまり、文化祭の話に出てきた危険生物満載の迷路にご案内!という事だろうか。
今現在もなんたらコマチグモが子育てしているかは分からないが、少なくとも逃げ出した毒虫や毒ヘビ、毒トカゲが潜んでいる可能性は高い。
私に恋してるとか言ってたくせになんて恐ろしい場所に連れてきてくれてるんだお前は。

「しかもここ、迷路のど真ん中?」
「うん、こうでもしなきゃ名前ちゃんさっさと帰っちゃう気がしたからさ」
「毒虫とかいそうな場所に好き好んで行く人はそうそういないと思うけど」
「え?ああ、誰かに聞いたの?毒虫がここに逃げ込む事があるって」
「噛まれたら激痛なんでしょ?」
「大丈夫だよ。今は毒虫も毒ヘビも毒トカゲも毒グモもいないから。流石に名前ちゃんをそんな危険な場所に連れてくる訳ないじゃない」

安心して、なんて笑う尾浜が嘘をついているようには見えない。
相手は忍者のたまごなんだし本当はどうなのかなんて分からないけど。

「…もし毒虫が出てきたら尾浜くんがなんとかしてよ」
「うん、もちろん!」

嬉しそうに笑って手を繋いできた尾浜にため息を返して、私は巨大迷路攻略に挑むのだった。


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