中在家との勉強を終えたあと、お風呂に入って部屋に戻ろうとしていた私はまた出会ってしまった。
誰、って、こんな時間に外を彷徨いてる人間で私がまた、と言えるような相手なんて一人しかいない。

「えーと、こんばんは?」
「…あ、ああ、こんばんは…」
「何してんの?鍛錬?」
「ああ、まあ…」

やけに歯切れの悪い潮江に不審の目を向けながらがしがしと頭を拭けば、潮江はすっと眉をひそめてやめろ、と呟いた。
何を止められたのか意味が分からずに低い声ではあ?と零せば、少し離れた位置にいた潮江が大股でずかずか近寄ってくる。
それから私が持っていた手拭いを奪って、丁寧に髪の毛を拭き始めた。

「…し、潮江?」
「そんな荒い拭き方をしたら髪が痛むだろうがバカタレ!」

お、お父さんかお前は!
そう突っ込みたくなるような優しい拭き方に、なんだかなあと思いつつも仕方なく目を閉じてそのまま任せていると、そのうちぴたりと潮江の動きが止まる。
あんまり唐突に止まった動きを不思議に思って目を開ければ、潮江は顔を真っ赤にして固まっていた。
え、何これどこの少女漫画?

「………」
「………」

沈黙が痛い。
ていうか凝視し過ぎじゃないのか潮江。
これはやっぱり声をかけて距離を取るべきだよな…。
普通に近いし、今更だけど他の忍たまとかくのたまに見られたらやっかいだ。
天女さまが潮江先輩を誘惑してるとか思われたら死ぬ。
いくら潮江がお父さんみたいで何か安心するからって軽々しく近付いたらだめだ。

「あー…ありがとう、潮江。あとは自分でやるから」
「あっ、ああ!そ、そのっ、すまん!」

シュバッ!と音がしそうな勢いで私から離れたと思いきや、潮江は一瞬でその姿を消していた。
えええ、すげえ本当に忍者してる!
初めて見た忍者らしい姿に思わず感動。
移動速度早すぎ。ハンパない。

「忍者すごいわ…」
「潮江先輩は忍者学園一、ギンギンに忍者していらっしゃるからねー」
「ひいっ!?」

潮江が消え去ったあともぼんやり消えた方向を見ていた私の背後。
突然ぽんっと私の肩を叩いて当然のように現れた少年がにっこり笑って言うが、あまりに突然だったため、情けない声を上げてしまった。

「ひいって…そんな驚かなくても」
「い、いやだって、いきなり過ぎて」
「あはは、ごめんごめん。…空から降ってきた天女さまの、名字名前さんだよね?」

にっこり笑った少年に頷くと、少年は尾浜勘右衛門です、と笑みを崩さないまま名乗る。

「尾浜くんね、よろしく」
「はい、よろしく!名前ちゃんって呼んでいい?」
「どうぞ」
「ありがと。実は六年生の先輩方のガードが固くてなかなか近付けなかったんだよね」

…なんじゃそら。
知らない間に六年生バリアーができていたらしい事を知り、顔がひきつる。
本人そっちのけで何をやってるんだ六年生。
本気で止めてくれ。
じゃないと六年生が天女さまの取り巻きをしてると思われて死亡フラグが着々と建設されるじゃないか。

頭の痛い思いをしながらとりあえず尾浜に毎度お馴染みの天女じゃないですよアピールをしておく。
尾浜はふうん?と不思議そうな顔をしながらも納得してくれたからまあよしとしておこう。

「ところで尾浜くんは何か私に用でも?」
「用、って言われると困るんだけど…話をしたくて」
「話?」
「うん、話。実は俺、名前ちゃんを見た瞬間から頭がぼんやりして、体がぽかぽかするんだ」
「…へえ、そう。何かの病気かもね?」
「そうだね、恋の病ってやつ」

尾浜はにこにこ笑ったままそう告げて、苦笑いで流そうとした私の努力はあっさり切り捨てられた。
こ、恋とか言い出しやがったこいつ…!
違うぞ尾浜、それは恋じゃなくチャームだ!
正気を取り戻せ!

「…ははは、気のせいじゃない?」
「あはは、本気だけど?」

流そうとする私の言葉はさらりとかわされて、不思議な笑顔の圧力に負けてしまいそうになる。
こいつ、立花とかとは違う意味で苦手だ。

「………」
「そんなに警戒しないでよ」
「別に、警戒とか、してないよ」
「してるでしょ?…それとも、天女さまは人間と恋に落ちたらいけないの?」
「…だから、天女じゃない」

にこにこ、あくまでも笑いながら言う尾浜に苛立ちながら返せばうん、と分かっているのかいないのか判断しかねる答えが返ってくる。
けれどすぐに尾浜は名前ちゃんが天女じゃなくて良かった、なんて嬉しそうにこぼした。

「だって名前ちゃんが天女だったら羽衣を見つけ出さなきゃいけないでしょ」
「羽衣…?」
「そう、羽衣。俺が羽衣を見つけたらね、天井裏に隠すなんてまだるっこしい事なんかせずに…」

ずたずたに引き裂いて二度と帰れないようにしなきゃならないもの。
にっこり、笑いながらそう言って、尾浜は私の首にかかる手拭いをするりと抜き取った。
私が抵抗する間なんてもちろんなく、あっさり奪われた手拭いを持ったまま尾浜は歩き出し、おやすみ、と小さく零して去っていく。
暗闇に包まれた廊下の奥で白い手拭いがぼんやりと踊って、曲がり角の向こうへ、消えた。


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