「君は二日も続けて何しちゃってんの?」
「名前の寝顔が忘れられなくて…」
「消えろ変態!」

どうやらホームシックで落ち込んでいる暇など天女さまには与えられないらしい。
朝目が覚めたらそこには男前なのにストーカーくさい食満がいて、ホームシックなんていうかわいらしい物は吹っ飛んだのだ。
ああきっと残念なイケメンとはこいつの事を言うに違いない。
怒りと疲れを感じつつ、勇ましい!などと感動した様子の食満を昨日と同じように蹴りだしてからとりあえず布団を畳む。
それを押し入れにいれて、まだ慣れない着物に悪戦苦闘しつつ袖を通し、準備完了。
あとは食堂に向かいながら顔を洗えば完璧だ。

手早く支度を終えて、さてその後。
おそらく部屋の外で待機しているであろう食満をどうしたものか考える。
昨日は食堂の場所を知らなかったから仕方なく一緒に行ったが、上級生と一緒に行動するのはかなり危険だ。
食満先輩が天女さまにでれでれしてたとか噂されたら私の死亡確率は一気に急上昇間違いなしだろう。
そんな太鼓判はぜったいに押されたくない。
どうやって追い払ったものか悩むところだが、いつまでもこうしている訳にもいなかない。
とりあえずストレートに邪魔だとでも言って様子をみてみよう。
もし食満がへこんでも私には関係ないし。
そう結論づけてからりと戸を開けば緑装束が二つに増えていた。
えええマジでなんでだよ!

「名前、支度は終わりましたか?」

なんでもないように話しかけてくる食満に頷いて、それからもう一人を見る。
にこにこと笑うそいつは「暴君」こと七松小平太だろう。
出たよ上級生…とか思いながらも、一応おはようと声をかけておく。

「ええと、お名前は?」
「ああ、こいつは、」
「私は六年ろ組の七松小平太だ!天女が空から降ってきたというのを聞いて会いにきた!」
「おいっ!名前に対して馴れ馴れしいぞ小平太!」

噛みつくように怒鳴った食満なんてなんのその、七松はまったく気にせずよろしく!とからりとした笑顔を浮かべた。
そこに警戒の様子は微塵もなく、ああこいつも天女補正にやられてるんだなあと即座に悟る。
暴君と呼ばれる七松でさえこうなってしまうとは…神さまの力とは恐ろしい。
とりあえずもしバレーボールに誘われてもお断りするのだけは忘れないようにしよう。

それはまあ置いておくとして、これは困った事になった。
今、この状況から察するに食満だけでなく七松までもが一緒にお食事する流れになってるんじゃないだろうか。
食満だけならなんとかあしらえると踏んでいたけど七松は人の話を聞かなそうだし、かわす事は不可能そうだ。
六年と一緒にお食事…考えるだけで気が滅入る。

「なんだどうした?元気がないな。体調でも悪いのか?」
「お前が馴れ馴れしいから戸惑っていらっしゃるんだ!」
「ええ?そんな事はないだろう。なあ名前」
「なっ!?何を勝手に名前でお呼びしてるんだっ!」

黙っているのをいい事に騒がしい二人を放置してさっさと井戸に向かう事に決め、歩き出すと下らない争いを慌てて中断した食満と七松が後ろをついてくる。
やめろ、六年を引き連れる天女さまの図が出来てるじゃないか。
仕方なく足を止めて振り返るとやはり慌てた表情の食満とにこにこしている七松が目に入る。
やはり七松は一筋縄ではいかなそうだ。

「…私は顔を洗ってから行くから二人は先に食堂に行って食べてて」
「いえ、お待ちしていますので是非ご一緒に」
「そうだな、せっかくだから一緒に行こう!」

あくまでも取り巻きをしていたいらしい二人にはあとため息をついて、上手い言い訳はないかと考える。
何か良い案は…と、頭を悩ませている内に七松がそうだ!と声をあげた。

「私は先に行って名前の為に席と食事を用意しておこう。名前が来たときにはもう食べれるだけになってるぞ!」
「な、何!?名前の為に食事を用意するのは俺の役目だ!」
「よしっ、じゃあ食堂まで競争だ!いけいけどんどーん!」

私にとってありがたい提案をしてくれた七松がそう言って走り始めると、食満も待て!と声をあげながら走り去っていった。
朝食を一緒に食べるのが確定済みなのは何でなの?なんていう問いは無駄だろうか。
ため息をついて再び井戸に向かい、慣れないながらも何とか水を汲み上げて顔を洗う。
ひやりとした水は天然のものと思えないぐらい冷たい。
身が引き締まる気持ちで洗い終え、顔を上げる。
と、そこには笑顔のどアップが。

「っ!?」
「終わったか?」
「びっ、くり、した…!」
「ん?そうか、悪いな!」

悪びれた様子もなく言ったのは七松小平太。
食満と食堂まで駆けていった筈の七松が何故ここに。
しかも気配ゼロとかさすが忍たま…!
ちょうビビったよマジで。

「君、食満くんと走ってかなかった?」
「忘れ物したと言って食堂の近くで引き返してきたんだ」
「はあ、何で?」
「そうすればお前と二人きりになれるだろう」

にかりと笑われて、心臓と頭がパーンと弾ける音がした。
食満の奇襲で吹っ飛んだとはいえ、まだ少し弱っている状態で聞いていい言葉じゃなかった…。
一気に顔が赤くなるのが自分でも分かって、とっさに手拭いで顔を覆う。

「どうしたんだ?」
「ナンデモナイデス」
「耳まで赤いぞ」

ちょいっと耳をつつかれて、もう泣いてしまいそうな気分になる。
何なの?何なの!?
分かっててやってるの!?
怖い!暴君怖い!
ひいいと叫びそうになりながら顔を上げられずにいると七松は行こう、と私の手を取って歩き出してしまう。
ちょ、ちょっと待って、本気で心臓的にも死亡フラグ的にもヤバいからやめて!
慌てて手を離そうとするけど、七松は気にせず楽しそうに笑うだけで離してくれない。

「な、七松くん、あの、頼むから離して…!」
「名前、私に未来の話を聞かせてくれ!」
「いや、手をね、離して欲しいんだけど!」
「未来ではどこの城が強い?忍術学園はまだあるのか?」
「それより手…!」
「変わった服を着てたらしいが、見に行ってもいいか?」
「手を離して…!」

結局、私と七松の会話は最後まで噛み合う事はなく、食堂に辿り着いた途端騒ぎ出した食満によって引き離されるまで手は繋がれたままだった。
もうやだ七松怖い。


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