迷子二人を正座させ私が天女ではない事を説明し始めてはや数十分。
時に怒り時に悲しみ時に苦しみ。
ずれてずれてずれまくる迷子どもに何度も何度も根気よく説明して、ようやく天女じゃないという事を認めさせた頃にはもう疲労困憊していた。
ちくしょう二度とこいつらと会話したくない。

「はあ…疲れた…」
「え?何でそんなに疲れてんの?」
「名前頑張れー!頑張ってくれー!」

どこかで聞いた事のあるセリフを吐く神崎に苦笑を返し、首を傾げる次屋の頭を軽くはたく。
お前らのせいだよと言ってもこいつらには理解できないだろうから、もう何も言わずにそれですませる。
次屋も次屋で特に何も言わず、食堂行くかーと呑気に言った。
まともに会話しようと思わなければ気楽な相手かもしれない。
まあ二度とこいつらと会話したくないけど。

「そういや今って食事時なの?私この時代の時間感覚分かんないんだよね」
「もう飯時にはちょっと遅い時間だな。みんな日が沈む前には食い終わってるし。上級生とかは実習で遅くなったりするみたいだけど」
「潮江文次郎先輩はたまにおにぎり作って夜中まで鍛錬したりしてるぞ!」

潮江の話はともかく、夕飯の時間と上級生の話は良い情報だ。
時間が遅くなりそうな実習なら小松田のところに申請が来るだろうし、これから忘れずにチェックしよう。
前情報があれば上級生に囲まれる危険を回避できる。
奴らに囲まれてお食事とか…想像しただけで死亡フラグバリ立ちだし。
うう、思わず体が震えてしまった。

「どうした名前!寒いのか?」
「いや大丈夫。ありがと、神崎」
「もう日も落ちたしな。さっさと飯食って風呂行こうぜ」
「そうだね、食堂に…ってどこ行くんだよお前ら!食堂はあっちだバカ!」

あっちだー!やら向こうだな、やら適当な事を言って適当に進もうとする迷子の襟首をがしりと掴む。
分かってたけど何なのこの迷子!
違う方向に歩き出した時点でおかしいと思えよバカ!
その上、次屋に至っては襟首を掴んだ私を不思議そうに見てくるから余計に腹立たしい。
とりあえずお前は迷子を自覚してくれ。
はああ、とため息を盛大につきながらついて来いとだけ言って二人を引っ張っていく。

元気の有り余っている神崎を連れて歩くのは容易な作業じゃない。
すぐに逆方向に進もうとするのは決断力があるとかでなくただのアホだと思う。
神崎は人の話をちゃんと聞く所から始めようか。
ちなみに次屋はどこ行くんだ?食堂行かねえの?と言いつつ一応着いてきたのでまだマシだ。
手を離したら即座に消えるのは間違いないと思うけど。

…はあ、忍たまのキャラと関わりたくないと思ってたけど、こいつらの保護者役である富松作兵衛とだけは今すぐにでも出会いたい。
頼むから、早くこいつら引き取ってくれ。
私はこの迷子どもの世話をしきれない。
はああ、またもため息がもれる。

「ため息つくと幸せが逃げるんだぞ!」
「さっきから名前さんため息ばっかだよな。疲れてんの?」
「誰のせいだよバカ。食堂着いたぞバカ。さっさと飯食うぞバカ」

バカを語尾にしながら食堂ののれんを再びくぐる。
と、今度目の前に現れたのは心臓に悪いサラストなどではなく、私が待ち望んでいた人物!

「作兵衛じゃん。お前も今から飯?」
「一緒に食おう!」
「左門、三之助っ…!教室で待ってろって言ったのにどこほっつき歩いてやがった!」
「先に食堂に向かってるって言わなかったか?」
「だから!それを待ってろって言ったんだよ!」
「おばちゃん!A定食ひとつ!」
「話を聞け左門んんん!!!」

おお、なんという親近感!
さっきまでの私を見ているかのようだ。
君の気持ちがよく分かるよ、富松くん。
ほわりとした気持ちになりながら三人のフリーダムなやりとりを眺めていると、ふと富松くんの視線が私に移った。
そして次の瞬間にはさあっと顔が青くなる。
…なんか妄想が暴走してるんだろうか。

「あ、あああ、あのっ!こ、こいつらがもしやご迷惑をっ!?」
「いや、一緒に食堂に来ただけだから…」
「一緒に!?す、すみませんっ!!」
「作兵衛、何でいきなり名前さんに謝ってんの?」
「名前!名前はどっちの定食にするんだ!」
「おおお、お前ら!天女さまを名前でお呼びするなんて失礼だぞ!謝れ!」
「富松くん、大丈夫だから落ち着こうか」

ううう、迷子二人に振り回されたあとだからものすごく富松くんが常識のある良い子に見える!
いや見えるというか良い子だこの子!
たぶん変な想像してテンパってるんだろうけどそんな事は大した問題じゃない。
話が通じる、それだけで充分ありがたい。
迷子どもは本気で富松くんを見習うべき。

迷子はともかくとして、富松くんみたいな良い子に私が天女じゃないという話を布教してもらえたら結構信じてくれる人がいるんじゃないだろうか。
よし、ここはひとつ優しげな笑みで富松くんに名前さんって一般人だけど良い人!という印象を持ってもらうぞ!

「あのね、そこの二人にも言ったんだけど私は天女じゃないんだ。だから名前で呼んで欲しいし、別に敬語は使わなくていいからね?」
「いえっ、そんな!」
「ちなみに私は名字名前です。よろしくね」
「は、はい、富松作兵衛です。よろしくお願いします」

ああ常識があるって素晴らしい!
頭を下げる富松くんに感動している私は知らなかった。
そんな私たちのやりとりを見ている人間が潜んでいた事に。


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