あかりがまぶしい
3
 しばらく滑っていると、リンクサイドのベンチに先ほどの少年がいることに気づいた。自分の方を見ていることに気づいたルリは、少年に向かって小さく手を振る。少年ははにかんで手を振り返してくれた。氷の張ったエリアを抜け、少年の方へと駆け寄る。
「お目目ちっちゃくなってもったいないね。かっこいいのに」
 再び眼鏡の奥の小さな瞳と目が合った時、ルリは思ったことをそのままに口にした。
「ああ……僕は、近眼だから。それに、かっこいいなんて、言われたことないよ」
「おべんきょうがすきなの? メガネする子って、頭いいんでしょ」
「勉強は嫌いだな。僕は蝶が好きだ」
「ちょうちょ?」
 食いついた少女の様子に、隠しきれない喜びが少年を饒舌にさせた。
「図書館に行って図鑑を見たり、育て方の本をたくさん読むんだ。この辺にしかいない蝶、日本にしかいない蝶、日本にはいない蝶、地球にはたくさんの蝶がいる。僕の家にもいるよ。今は小さな卵と黒い幼虫がたくさんいるけど、それが青虫になって蛹になって蝶になるんだよ。どれもみんな、違う種類の蝶なんだ」
 分厚い眼鏡の奥の小さな瞳が、一瞬だけ自慢げに笑ったのが見えた。夏休みの自由研究でカブトムシの標本を作ってくる男子を思い出す。学校の廊下に誇らしげに展示され多くの小学生の興味の的になったそれの中身は、針が傾き虫たちがもがいているように見えた。
「育てたら、どうするの? 夏休みの宿題?」
「外にかえすよ。標本とかは、苦手でね」
 国語の教科書で『少年の日の思い出』っていうお話を読んだらさ……そう言って困ったように笑うその優しげな表情に、ルリは容易く心を許す。リンクを出て、少年の隣に座った。スケートよりも何かを優先させることが初めてだということを、自覚することさえ忘れていた。ねえ、と少年に耳打ちしようとした時、お母さんにも言えないような秘密を打ち明ける気持ちになった。
「なんでスケートが上手にならなきゃいけないと思う?」
 痣がいくつもできた小さな二つの膝を撫でながら、ルリはそう打ち明けた。小学三年生にはまだ、話の文脈を考えることは難しかった。戸惑う少年をよそにルリは話を続けた。
「スケートが上手になって、何のやくに立つの? って言われたの。その時わたしは、何のやくに立つかはわからないけど、ジャンプがとべた時、すっごくうれしいよって友だちに言ったの」
 プリッとした小さな唇を噛み締める。蝶の話をしている時の、あのカッコよくて純粋で綺麗な瞳にルリは憧れた。そして憧れは悔しさとして現れた。キッとアイスリンクを睨んだかと思えば、再びルリは膝のあたりに力なく視線を戻す。
「『じゃあ今度の大会、おうえんしにいくね』って、その子は言ってくれた。でもその大会で私、ジャンプ、しっぱいした。わたしのウソつきって思った。本当ならできるのに、できるのに……!」
 わああと声をあげてもいいだろうほどの大きな感情がひしひしと伝わった。十になるかならないかの小さな体は、アイスリンクの冷気から身を守るだけで精一杯なのかもしれない。

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