あかりがまぶしい
寝言記録アプリ
 大学生の一人暮らしというものがどうしようもなく暇で、以前ネットのどこかで見かけた「寝言が自動で録音されるアプリ」なるものをダウンロードしてみた。説明を読んでみると、少しの音に反応してスマホの録音機能が発動し、自動で睡眠中の物音を記録してくれるらしい。睡眠中の、家族くらいにしか知られることのない自分を客観視(視るわけではないが)できるというのは、純粋に好奇心をくすぐられる発想だった。
 記録初日の朝、同じアプリの目覚まし機能によって目を覚ます。充電器に繋がったまま枕元に転がっているスマホを手に取りアラームを止めると、一件の記録が残っていた。
『ぐー、すー……もぞもぞ……』
「……記録はなし、か」
 3分ほどの記録だった。自分の寝息しか聞こえなかったことを確認したのち、記録を消した。
 目覚まし機能が付属しているのが個人的にありがたかったらしく、その後も寝言を記録するのが習慣化し、初日のように寝息や寝返りの音が記録されるだけの日もあれば、たまに寝言が記録されることもあった。
『やめろよ! やめて!』
『そんな……どうしよう?』
 といった神妙な寝言が続いたかと思ったら、
『どうしたら元に戻れるかな?』
『大丈夫だよ、あはは』
『久しぶりだな、飯でも食おう』
 などといった、意味は不明なものの陽気な寝言が記録されるようにもなった。

「……こんなのを始めてさ、これ結構面白いんだよ」
 大学の友人に聞かれても差し支えない記録を聞かせながら、寝言記録アプリを紹介してみた。
「最近はこれのおかげで寝るのが楽しみになってりしてさ。快眠? を得られて体もスッキリしてる気がする」
 へー、と相づちを打ちながら聞いていた友人が思いついたように聞いてきた。
「そもそもなんでこのアプリ入れようとしたん?」
「あー、それな。実はめっちゃ怖い夢見たらしくて、自分の寝言で起きたことがあってさ。なんかそんなん初めてだったから気になったんだよね」
 なるほどねー、と納得した友人の表情に、翳りの色がにじむ。
「どした?」
「いや、ね。なんか夢日記とかってつけ始めるとあんまり精神衛生上よくないって聞いたことあるからさ。ほどほどにした方がいいかもしれんね」
「ふーん、そうなんか」
 正直その時は、夢日記ってなんだろうって思いながら友人の聞いていた。

 睡眠と自分の生活との関連もよく分かってきた。寝言や寝返りの音がよく記録される日は、やっぱりなんとなく疲れやすい。
 しかし最近は寝言の記録が気になって夜中に目が覚めてしまうことが増えてきた。
「……お、記録されてる」
 スマホの青白い光が顔を照らす。時計の表示は午前二時を示していた。
『お、こんなところで……』
 誰かに話しかけてる寝言だ。ただ、言葉の後半でごにょごにょしてよく聞き取れない。
「寝言は寝てないと言わないからなあ……」
 自分の中でお決まりのセリフを口にして、また布団に潜り直す。顔色が悪くなっても体調を崩しやすくなっても、寝言の記録はやめなかった。寝言を記録しては夜中に目を覚まし、記録を確認する。
『はー、俺は今……』
『なんだ? ここどこだろう』
「おっす」
「うわ!」
 友人だった。
「案の定っつーか、深入りしちゃってるって顔してる」
「お、おう……そんなでもないけどね?」
 ヘラッと笑ってみせようとするが、うまく表情筋に力が入らない。
「ちょっと聞かせてよ、最初の方から全部」
「は?」
「だから、寝言。寝息とかは多分、どうでもいい」
 いつになく真剣な表情に圧倒されて、無言でスマホを渡す。彼は黙って、最近の記録から順に俺の寝言を聞き続けていた。

「……面白いものだな」
 イヤホンを外し、開いた口から最初に出た友人の言葉がそれだった。
「なんだよ」
「理由までは知らないがな。寝言の記録に一貫性がある」
 友人が何を言っているのか、まるで分からなかった。
「お前は記録されているのを逐次聞いているから気付かないのかもしれないが、一番新しいものから『遡って』聞いてみな」
「あ……」
 言われただけでなにかが思い当たる。
「お前、怖い夢見たからこの記録始めたんだろ? つまりこの寝言の行き着く先がその『怖い夢』だと思うんだ。なんか思い出すことあるか?」
「いや、全然……」
「そっか。でももうやめた方がいいんじゃね? お前自分の顔みてみなよ」
 まあ、所詮夢だし寝言だしどうでもいいけど。そんな風に笑いながら、友人はその場から去っていった。夢の中で誰に会い、自分の身に何が起こり、僕は何見たのだろう。それを教えてくれるものはもはや何もなかった。
 ついにその日から、寝言の記録をやめた。
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【使用お題】夢の中で(第1回)

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