あかりがまぶしい
I don't feel like knowing.
 見えないものを無理やり見ようとして、いつも心に響く美しいものばかりが見えるとは限らない。クリームがたっぷり入った飲むコーヒーゼリーも、好きで読んでいた作品の作家の顔も、期待すればするほどその真の姿を目の当たりにした時に自分の間抜けた顔をさらすはめになる。
「ひょわー! この愛らしい瞳がたまんねえ」
 奇声を上げて推しのアイドルのTwitterを監視している幼なじみの前で、私は小説を読んでいた。
「そのウツクシイ瞳も、まぶたを裏返せばただの粘膜なのよねえ」
「そのグロい思考回路なんとかなんないのか……女のくせに」
「あ、それジェンダー」
 女のくせにとか男のくせにとかいうのは男女差別を生むとかで自粛を強いられている定型文だけど、そもそも自分が女だとか女じゃないのが男だとか男と女が恋をするとかそういうこと全般に興味が湧かないからどうでもよくなる。
「ねえ、気が済んだら早く帰ろうよ」
「いいけど、ほんとお前学校嫌いだよな」
「学校好きな人なんて、そんなの嘘だよ。勉強が好きって言う人くらい嘘」
 『学問』とは、どうしてああも『内部』を見ようとするのか。内部を見て、想像して、発見に喜ぶ。教師は熱心にそれを理解させようと私たちに働きかけ、試験によって私たちの理解度をまた覗く。
「そんなのただのド変態じゃん」
「っかー、シンラツ」
 私のいつもの口調に、幼なじみはただ笑うだけ。
 それがたまに救いになっているような気がして、極々たまに安心する。

 本屋に寄ってゲーセンに寄ってコンビニに寄って帰路につく。例外こそあれ、これがいつもの放課後のパターン。パターンは好きだ。理由は単純頭を使わなくて済むから。
 その言葉は私の脳内に急に飛び込んできて、呼吸を止める暇すら与えてくれなかった。
「俺ってお前のなんなの?」
 聞こえなかった振りをするには、静かすぎた。これだから田舎は、と関係ないところに八つ当たりをする。
「あんたの好きなアイドルみたいな存在ではないことは明らかね」
 『知る』ことから逃げる私の気持ちを、どう伝えれば伝わるのだろう。いやそれよりも、伝わることでこいつに私を『深く』『知られて』しまう。
「なんか最近急に、気になって……」
「……キモチワルイ」
「は?」
「私を知ろうとしないで。キモチワルイから」
 居ても居なくてもいいような私の内部が、美しいはずがない。肉まんにかぶりついて、餡のぎょろっとした舌触りに思わず吐いてしまいそうになった。美味しいけど、美味しいんだけど、受け入れられない。
「じゃ、ここで」
 幼なじみに簡単な別れを告げる。パターン化された、『また明日』を意味するそのセリフ。
 やっぱりパターンに救われる。私の心も、今の微妙な空気も。

 嫌いだけど、学校には行く。嫌いだけど、勉強もする。好きなだけ否定はして、その上でやるべきこと暗いはやってるからまだ私はこの気持ちに対して大人な対応をしている方だと思う。自分みたいな人なんてそう居ないとは分かっているけど。
 だってそうでないと、誰よりも何よりも嫌いな自分が生を全うしていることに全然納得できない。この、一皮むけばぐじゃぐじゃとしたモノと気持ちに溢れてるこの個体を、生きたらしめているのは他でもない私なのだから。
(そういえばあいつ)
 幼なじみの前から去る際、私は自分のことにしか意識が行かなくて彼のことなんて全く気にしていなかった。
(どんな顔してたのかも、全然分かんないや)
 こんな変な自分だけど、人情だけは持っていようと思っていたのに。自分でも知りたくない自分を、知りたいと言ったあいつの気持ちが分からない。かと言って知りたいとも思わない。
 どうすればよかったのか、どうして欲しかったのか、知りたがらない私はただ疑問だけを自分に閉じ込める。

 向こうから避けにかかる彼に話しかけるのは難儀であった。でもやっぱり救ってくれたのはパターンだった。本屋の少年漫画のコーナーの棚から、彼の頭が見えた。
「分からなかったの。あなたの気持ちどころか、知りたいという気持ちさえも」
 そんな言葉を切り口に、私は話した。知ることの怖さ、気味悪さ、真実に対して手術をするような、私の『知る』ことに対する理解を、足りない言葉でそれでも言おうとした。
「やっぱり、一番自分のことをよく分かってるのは自分なんだよな」
「……」
「どんなに逃げようとしても、真実が視界にちらついている時点でもうお前は『知りかけて』るんだよ多分」
「知りかけてる……」
 多くを語ってもらうことはしなかった。彼の戸惑いもあったと思うし、何より私がまだ『知る』ことに対して免疫がなかったからだ。
「てか、勉強が嫌いなお前に成績負けてる俺の生きる価値って……」
「あるよ」
 一緒に知ってほしい。きっと私だけではまた、逃げてしまうから。
「あなたは今日から、私の、私自身の理解に対する採点者だよ」
 なんだそれ、と笑う彼の表情を、もっと見たいと思った。それはとても前向きで、自然な暖かさを持った『知りたい』気持ちだった。
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【使用お題】まばたきの小さな闇(第2回)

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