あかりがまぶしい
03
 太陽が新しい朝を出迎える頃、僕は時計も見ずに彼女にメールを送った。
『出来上がったよ。暇なときにでも聴きに来て』
 その夜、彼女は早速僕の部屋のインターホンを鳴らしてやってきた。その服装は今日学校で見かけた時とは違う服装で、部屋に通すとシャンプーとほのかな汗が混ざった甘い香りがした。
「曲の名前。ユー、ジー……だっけ?」
 彼女は息を整えながら、開口一番そう尋ねて来た。
「うん、universal gravityの頭文字で『U.G.』。そのままだと少し長いかなって思ったからさ。まあつまりは、万有引力のことだよ」
 彼女の表情からは疑問符が拭えない。
「昔想像した話を、歌にしてみたんだ」
「話?」
「うん、想像っていうか、妄想に近いか。小さな世界で、男の子と女の子が恋をする話」
 困っている人を助けたことなんてない。相談に乗ったり話を聞いたりしたことはあっても僕がどうにか出来るわけじゃなくて、結局問題を解決するのは悩んでいる本人か時間の力だった。
 でも、いざ力になりたいと心から思ったところで、自分の不器用さに呆れて笑えもしなかった。助けようと思っても、こんな形でしかできないなんて……無力にも程がある。
「彼らの世界は小さくても、彼らにとってはそこが彼らの生きる世界。だから、普通の人たちからすれば小さな傷でも、彼らにとってはすごく痛く感じてしまうんだ。
 ある日二人は引き合わされるように出会う。そして出会った場所を秘密基地みたいにして、いろんなことを語り合う。お互いがお互いに似ていると感じ始めた頃、二人は恋に落ちるんだ。
 別れそうになったり相手を信じられなくなったりすることがあっても、二人だけの力で、時には誰かの後押しを借りて、二人はまた結ばれる」
 出会いという部品を集め組み立てて、大きく拡張されていくのが世界。だから幼い世界は小さくて、そこで生きる人間もまた幼い。
「"引き合う"っていうことは、”離れてる"ってことなんだと思ってる。たとえ同じ距離だけ離れていても、また会えることが出来る人は必ずいる」
 このヘッドホンだって、いつかは壊れてしまうだろう。それと同じように、きっと僕らもいつかは……と思わないこともなかった。でも、同じ空間を共にすることだけが"一緒にいる"ということではないと思うんだ。
 僕がそう、思っていたいんだ。
「愛じゃないもので愛を超えられるんだとしたら、僕はまだそれが分かる段階じゃない。でも、離れても繋がってるものが欲しいっていうそのリクエストに、出来る限り答えたかった。その僕なりの答えがこの、万有引力なんだ」
 アパートの前を大きな車が通り過ぎたのか、部屋全体がカタカタ、と震えた。それにまぎれるように、彼女は唇だけでありがとうと呟いた。
「ねえ、二人はどうして別れの危機を乗り越えられるの?」
「どっちも相手が大好きだから」
 間髪入れずに答えた。ぐらり、と二つの大きな瞳が揺れるのを、僕は見て見ぬ振りをした。
「好きだからぶつかるし、好きだから弱い自分を知ってほしくてわがままになっちゃうんだ。……単純でしょ」
 一、二秒揺らした瞳を伏せ、彼女は何も言わなかった。何も言わないままヘッドホンを取り出し、耳に強く当てながら微笑んだ。
「この曲も、好きだよ。私でよければまた歌わせて」
「ん、もちろん」
 僕の返事は聞こえていただろうか、彼女は曲の世界に沈んでいった。
 妄想の自由さは、時に自分を救ってくれる。僕は何度、彼女から愛を告げられるところを想像したか分からない。
 でも、もしかしたらこのときからかもしれない。僕の中で彼女はあまりに大切な存在になっていた。
 僕はいつしか心の中で、僕の想う彼女がどうか、僕に愛を告げませんようにと願っていたのだった。

【了】

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