あかりがまぶしい
04
 目を泳がせ口を無意味にぱくぱくと動かし、最初に出てきたのは平坦に乾いた笑いだった。

「また……突然に現れるんだね」

 思い起こせば、最後に彼女に会ってからもう1年が経っていたんだ。時の早さ、季節の移ろいの早さに今更ながら驚きを覚えた。つまり僕は、1年間ずっと文学に対する心を胸にひっそりとしまってきていたのだ。

「今、どんな話を書いてるの?」

 彼女に聞かれて、僕はいきさつから今に至る全てを話した。新入生の勧誘、僕が提案した冊子作成の企画、そして思いがけないスランプ。思いが溢れすぎて文字にならない苦しみ。

「どんな出会いも、大切にしてほしい。世界には沢山の人がいて、その人それぞれの考え方があって、それらに影響されながら僕は僕であることが出来るんだって……それを僕は新入生に伝えたいんだ。でも、どうしても……」

 岡田さんや榛紀さんのような先輩に会えたのも、陽瑞さんのような同輩に会えたのも、偶然で終わらせるにはもったいない。それは僕にとって、「出会い」と言うに相応しい出来事だった。僕が新入生にとって彼らのような存在になれるかは自信が無いけれど、僕は一年前の僕よりも僕を見つめる事が出来るようになったと思う。自分を表現する事は自分を受け入れる事、そしてそれはとても素晴らしい事なんだと、僕はこの一年で感じるようになったと言うのに。

「そう……じゃあそれでいいじゃない」
「でも、どうやっても言葉が出てこな」
「見えない? 今の灯火野くんの言葉から広がる世界が」

 僕の言葉を遮った君の口調はより強かった。

「君が立ち尽くしている砂漠に、たった今『景色』や『道標』が打ち込められたのが、君に見えてないはずがない」

 強すぎる思いは言葉にならないんだとばかり思っていた。なぜ僕は、言葉を『選ぼう』としていたのだろうか。書きたい言葉はいつも歩いてきた足跡の脇にそっと置かれていて、僕はいつもそれらを慎重に拾っていただけじゃないか。

 ……何を焦っているんだ僕は。


「水鳥の発つこの場所に刻まれた君の足跡道の始まり」

 君はまた、部屋に僕と歌を残して雪の降り止んだ窓の景色に消えた。




「……ん?」

 重い頭を机から引き離した。少し、首の筋がピキキと痛んだ。

「あ、空気を入れ替えようと思って窓開けたんですけど、起こしちゃいましたか? 寒くないですか?」

 頬をさすような冷気に混じった真っ直ぐな日差しが、僕に今の本当の季節を教えてくれる。

「僕、寝てた?」
「ええ、私がトイレに立ってる間にその姿勢になってましたよ」

 ほら、ノートパソコンはちゃっかり隣の机に移動してるし、と言いながらくすくす笑う陽瑞さんに、さっきまで話していた君の面影が重なる。窓に向き直って窓枠から顔を出しながら、陽瑞さんは言った。

「灯火野くん、見てください。
 雪の中そっと芽を出す桃色がふわり香った春は隣に
 やっぱりもう、春なんですね」

 開け放たれた窓枠を飛び越えて、春の白い粒子が部室一杯に広がっていく。新しく生まれた空気の流れが淀んだ僕の頭の中を一瞬空っぽにした。その粒子達が振り返った陽瑞さんの頬にあたってはじける様子さえ見えた気がした。

「私、まだまだ書けます。なんだか急にいろんな言葉が湧いてきたんです」

 すくって余るほど丁寧な言葉遣いに、目の前にいるのが正真正銘陽瑞さんであることを確認する。あまりに気まぐれな君の登場に、苦笑を浮かべるのが精一杯だった。

「僕だって」

 君の力のお裾分けだろうか? 目の前の彼女の表情は先ほどとは打って変わってとても生き生きとしている。

「書き上がったら、見せ合いっこするっていうのはどうですか?」
「いいね、望むところ」

 ニッと笑い合って、どちらからともなく机に向かう。それから僕らの作品が完成するまで、僕がキーボードを叩く音と陽瑞さんがノートにシャーペンを走らせる音だけが、流れ込んだ春風と一緒に部室を満たしていた。
 僕は執筆中、少しだけ君のことを思い出していた。君に最後に会った日も確か、こんな季節のこんな天気だったから。

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