あかりがまぶしい
05
 岡田さんは、前からこのようなことを考えていたのだと言う。しかし他のメンバーのことも考えると、“楽しいサークル”という一線がどこかで捨てきれず、決心がつかないでいたんだ。岡田さんは本当に、サークル長の器に相応しいと思った。

「私たちの、本……」

 陽瑞さんの感慨深げな声。それを聞いて、彼女も今さっきの僕と同じような感動を覚えているのだろうなと一人静かに笑った。

「サトル、それ本気で言ってる?」

 ただ一人、榛紀さんは良い表情をしてくれない。彼は終始神妙な顔つきのままだった。

「ああ、何から何まで本気だ。そのために、みんなの力を借りたい……ハルキは、反対か?」

 榛紀さんはしわを寄せたこめかみに指を当てて、

「三つだな」

 と宣言した。

「一つは、僕たちにそんなノウハウがないこと。編集とか価格設定とか、何から手をつけていけば良いのか分からないじゃないか。実際売るなら買ってほしいと思うでしょ? どうやって宣伝して、どこで、どうやって売るのか考えなきゃ。
 二つ目は、資金面。出版するとなると、まあ自費出版になるよね。人数は揃ってるとはいえ僕らはあくまで一介の大学生に過ぎない。何にどれくらいかかるのか知らないけど、少々厳しい話のような気がする。
 そして三つ目――サトル、就活どうすんの」

 最後の言葉に、岡田さんは動揺を隠しきれなかった。 サークル長の岡田さんも、その同期の榛紀さんも、就職難の世の中を生きる大学三年生だ。

「人生を棒に振るほど熱くなる気、僕にはないよ」

 そこに口を挟んだのが、祐紀ちゃんだった。

「ハル兄が参加しなきゃ良いじゃん? そんなにやりたくないならさ」

 妹の言葉を、榛紀さんはあわてて否定した。

「リスクが多いって言ってるんだって! ……やりたくない、なんて一言も――」
「いや、確かにハルキの言う通りだ。『やりたい』だけじゃ失敗のリスクの方が大きいに決まってる」
「だ、だからそういうことを言いたいんじゃなくて」

 榛紀さんの言葉に焦りが混じる。

「でも、俺はやる。一人でやるんじゃない。ハルキと二人でやるんでもない。頼りになる仲間がいるじゃないか」

 そういって、僕と陽瑞さんを見つめるまなざしは強く、温かかった。

「俺は、俺の出来ることをやる。俺の人生を棒に振ることは絶対にしない。そして――」

 僕と陽瑞さんの肩にポン、と岡田さんの大きな手の平が乗る。

「俺の一度の独りよがりで終わらせるわけにもいかないんだ」

 だろ、と岡田さんは榛紀さんに向き直る。なんて晴れやかな笑顔なんだろう。
 やりましょう、榛紀さん。僕はそう、言いかけた。

「思いなど何もなせずにただ在れど無くば成されぬすべての元よ」

 それより一足早かったのは、凛として寄り添う陽瑞さんの歌だった。彼女は続ける。

「不安なのは私たちも哲さんも一緒です。でも私は、真鍋先輩と話している時間が、歌を詠んでいる時間が、とても楽しくて、かけがえのない時間なんです。それを本に出来るなんて……」

 陽瑞さんはポケットであたためていた両手を顔の前で合わせ、ぎゅっと強く握りしめた。彼女の胸に差し迫るものが、彼女の言葉を詰まらせる。

「まるでもう、願いがかなったみたいです」

 すると奥の方から、背の低い巫女さんがやってきた。

「それでは次のお客様、ご奉納を始めますのでこちらまでお願いします」

 僕は薄っぺらいコピー用紙にペンで走り書きをする。

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