あかりがまぶしい
03
 長いと思っていた行列もなんだかんだ少しずつ進んではいたようで、本殿の入口が見えてきた。そこに鎮座する受付の人も、紅白の袴を着た巫女さんだ。

「お仕事ないの?」

 榛紀さんが祐紀ちゃんに尋ねた。

「他の人に代わってもらったから大丈夫。すぐ戻るよ」

 ならいいんだけど、と榛紀さんが苦笑する。今にも榛紀さんが祐紀ちゃんの頭を撫でそうな雰囲気だ。羨ましいほど仲のいい兄妹。
 お金と引き換えに、五人分の紙とペンが渡される。これに願い事を書くんだ。……下敷きがないと、書きにくいな。

「なんて書こうかなぁ」

 言いながら岡田さんが僕や陽瑞さんの紙を覗こうとする。

「あ、人の見るのは無しですよ」

 俊敏な手つきで陽瑞さんが紙を胸に伏せる。僕はまだ何も書いてなかったから隠す必要もなかった。

「いざ一つ言葉にしろと言われると、な」

 岡田さんが困ったように笑う。
 白紙ではあるものの頭の中では一つ、これと決めていたことがあった。しかし、

「……〇〇高校にぃ、合格しますようにぃ」

 奥から聞こえてくる厳かな声。榛紀さんの耳が早かった。

「あぁ、願い事って宮司が読み上げてくれるんだっけ」

 そうなのだ。みんなに聞かれることを考えると、少し文字にするのが恥ずかしい。それに――僕は過ぎ去ったこの一年の日々に思いを馳せる。
 君と別れ陽瑞さんに出会い、岡田さんに出会い、榛紀さんに出会った。それはそのまま、文学サークルとの出会いだったと言っていい。僕は高校時代よりも豊富にあり余った「大学時代」という時間を思う存分に使うことができる――そのはずだった。
 サークルでは、四人でたくさん話が出来た。彼らの話は、全てが新鮮な響きを持って僕の胸にいちいち届く。彼らの持つ強い世界観に、文学人としては情けない話だけれども僕はいつも圧倒されるばかりだった。自分とは違うジャンルに触れながらお互いの持つ世界を尊重し合い、言葉の一つ一つと戯れ、夢のように毎日が楽しい日々、充実した日々だった。 これからもずっとそうであってほしい、なんて……これもまた、文学人らしからぬことを思ったりもした。
 その一方、僕は高校時代よりも豊富に有り余った時間の中で、高校時代よりも少ない作品しか生み出せずにいた。時間がある分、もっと作品の細部にまで気を使いたいと思うようになってから、作品は一進一退を続けてばかりだった。岡田さんの痛快でダイナミックな世界に触れ、陽瑞さんの風景画のような表現に出会い、榛紀さんの言葉に対する敬意と愛情を知ってしまった僕は、僕の作品を見失う。
 この一年、僕は何をしていたんだろう? 胸を張って何かやり遂げた、そう言い切れる何かが僕に残っただろうか? 新たにやってきた『今年』というものだって所詮、昨日までに積み上げてきた一瞬一瞬の積み重ね、それの延長にすぎないだろう。
 ……本当に?

「大凶くらいでそんなに浮かない顔するなよ。それとも、占いとか信じてたか?」
「いえ……岡田さん、違うんです」

 僕は大きく頭を振る。確かに、これからも自分で自分の一瞬を選んでいくことに変わりはない。でも考えてみれば、過ぎ去った昨日はもう世間的には「去年」へと様変わりしてしまったのだ。

「僕たちは……いえ、僕は」

 黙っていても月日は巡る。巡ってはいるが誰もその時に戻ることは出来ない。

「この過ぎ去った一年で、何も出来なかった」

 寒い春に君と別れ“伝える”という志ばかりを胸に輝かせたまま、しかし僕は何も出来なかった――何も、しなかったんだ。何が『発信したい』だ。僕はいつ、口だけの人間になったのだ。

「僕の願いは、どこに届いたらいいのでしょう」

 僕の願いが届いた先には、何が待っているのだろう。
 僕はそんな漠然とした不安に駆られて、願い事を願うことに足をすくめていた。

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