あかりがまぶしい
03
「『良かったな、生きてて』なんてね」

 竹の葉の、サ行音震わす風を聞く。リストバンドの下の肌は日焼けをしないので、生白い。白と赤の鮮やかなコントラスト。水泳授業はだから、好きじゃない。
 だが今はそんなことよりも。俺はさっき四ノ倉柚希に、「生きてて良かったな」と言ったのだ。自分で自分の生を否定しているこの俺が。一体これはどうしたことだろう。
 芝に横たわり目を閉じ、思考してみる。これが大事なのだと言い聞かせて。
 一番の違いは対象。俺か、あいつかということ。自分か、相手かということ。自分においては許し難いのに相手においては許せる、俺の中の「生」という基準。確かな事実。
 この感情は普遍か、それとも特殊か。この感情、すなわち……すなわち? だめだ、言い換えられる上手い言葉が見当たらない。人はこの感情をどう呼ぶ? 何と名付けたのだ? もし普遍であるならば、それを「それ」と特定させるための名前が存在するはず。たとえ目に見えなくとも。あの、万有引力のように。
 特殊であるならば、俺と四ノ倉との間にのみ起こりうる感情であるということだ。俺にとって四ノ倉柚希はどういう存在か。四ノ倉柚希という人は何なのか。
 俺と彼女の間柄。友人、親友……残念ながら恋人では、ないな。その前に、男女間に友情など存在するのか。
 四ノ倉柚希の考えることは、開かれているようでイマイチ掴みきれていない。四ノ倉柚希という人はこの期に及んで〈不思議な人〉〈頭のいい人〉という印象しかない。それ以上でも、以下でもない。
 ……本当に?
 彼女にとって俺とは? こればかりは考えても仕方が無い。――そういえば彼女は俺のことをどう呼んでいただろう。記憶の糸を手繰り寄せる。俺の名前にたどり着いたのは、『紺崎、望道』これだった。
 こぼれる溜め息。これは、初めて顔を合わせたときに呼ばれたフルネーム。それ以来、一度も耳にしていないんだ。あとはずっと「あなた」なのだ。
 突如、フル回転していた思考がストップした。車のエンスト、はたまた空気の抜けていく風船が想起されるのが、何となく歯がゆい。
 目を開ける。




「おはよ」
「うわっ」
「気づかなかったんだ、本当に」

 四ノ倉柚希がいた。

「ば、おま、いつからそこに」

 盤面の小さな腕時計と俺の顔を見比べて、

「十五分間待ったけど、全然動かないんだもの。寝てたの? 何してたの?」

 と真顔で聞かれた。

「『何してたの』って俺のセリフだ!十五分間も人の顔を……」

(そうか、そんなに寝顔を見られて……)

「なんか、顔色いいね」
「うるさい! 違う! これは……違うんだよ……」

 俺は熱を帯びる頭を抱える。は、恥ずかしい。




「で、何してたの?」

 四ノ倉柚希は、ツンツンした形状の雑草ばかりを一本一本抜きながら聞いてきた。俺は、真剣に答えを求めたいと思っていた。抑揚に気をつけて、芝に横たわったまま言った。

「沢山、あったんだ。でも一番引っかかるのは、どうして俺は、お前が生きていて良かったなんて思ったんだろう、って」
「死んでいれば良かった?」

 ……やっぱり、そうなるよな。

「違うんだ。悪い、言い方が悪かった。自分なんて生きていなくていいって思ってる俺が、どうして他人のことを生きていて欲しいなんて思ったんだろう」

 彼女は意外にも、考えるそぶりさえ見せずに即答した。

「自分自身のためだけに生きている人って、本当にいるのかな」

 俺はつい、彼女の表情を凝視する。この言葉の先に何が繋がるのだろうと、興味をそそられる。

「自分自身のためだけに生きて、自分のことだけを考える人生を送る人なんて、つまらないよ。少なくとも私は、あなたをそうは評価しない。
 それに、死は必ず悲しみをもたらす。逆に言えば、悲しみが生まれなければ、人は嬉しい」

 どう? とばかりに彼女は述べてみせた。そして、あの言葉を繰り返す。

「答えは探さず、作ってもいいのよ」

 その言葉で、俺の中の何かが吹っ切れた。上体を起こし、腕を伸ばす。

「じゃあ、俺の答えはこれだ」

 その手で彼女の腕を掴んで引き寄せる。少々強引だったが、想いに任せ強く強く抱きしめた。

「お前が……柚希が俺にとって大切な存在だった、っていうのはどうだ?」

 柚希は笑ってくれた。なかなか見せてくれない最高の笑顔で言ったのだ。

「すごく、いいと思う」

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