口のうまい奴、というのが、十人中十人の俺に対する評価だと自分でも思っている。いい意味でも悪い意味でも困っている奴を弁護する事ができるし、口喧嘩に持っていけば誰にも負けない自信さえある。
駒浦小径、一七歳。現在高校二年生。
この特技(というか、性格)をうまく使って生きてきたのも、まだほんの二、三年ほどでしかない。今となってはもう懐かしい思い出だけど、昔は典型的な口下手だった。話し出すきっかけを、掴めなかっただけだったんだと思うけどね。
どうしてそんな俺が「口のうまい奴」に成り上がったのか? ……うん、「成り上がった」は過剰表現じゃないな。
今でも覚えているが、転機が訪れたのは、中一の秋だった。国語の授業の一環として一分間のスピーチをしなければいけなくなった。その頃の俺はちょうど、歌の歌詞とその力について思うところがあったので、その事について一くさり語る事にした。人に伝わる言葉には「印象」が必要なのだとか、どうとか。
話している間、俺は今までに感じた事の無い快感に近いものを感じていた。俺が話している間、誰一人として俺以外の何かに意識を集中させてなどいなかったのだ。俺は夢中になって話し続けた。
それからというものの、「話す」ということに目覚めた俺は、いつまでも話していたがった。話しているうちに、話の種が必要になった。話の種を集めるには、秘密が付いてまわった。秘密を作るために、信用を得なければならなかった。信用を得るために、俺は人間を追求した。人柄、能力、容姿。自分に合う自分を見つけるための努力を惜しみはしなかった。
一番意識して取り組んでいたのが、「人間観察」だった。評判、噂、人間関係。人と人とのコミュニケーションを円滑かつ良好に保持せよ、共に共謀せよ、といったところか。
そこで貼られたレッテルが、「情報屋」。あまり褒められた評判じゃないけれど、全くの嘘って訳じゃないから、妥協している。それに、それを元に俺を頼る奴だっているんだ。その辺も加味すればまあ、許容範囲かな。
俺が知りたいと思うことは、人が知らないだろうと思うことだ。付け加えて言えば、「人は知らないけれど知りたがっているだろう」という類のもの。狙うは、話したくて話したくてたまらないと思っていそうな人間。
例えば、こんな感じ。
「よお上嶋、聞いたぜ。今回クラス一位だったって?」
これは、先週実施された中間試験のスコアの話だ。別に彼が一位だという噂を聞いたわけではない。耳に入ってくる教科ごとの成績の合計を考慮した上で俺が出した予想に過ぎない。外れてはいないと思うけど。
その証拠に、彼は照れたようにはにかんで言った。
「うん……まあ、今回は四ノ倉さんが調子悪かっただけだから……ツイてただけだよ」
「へえ、あの四ノ倉さんが。よく調子悪いって分かったな」
「うん、実は四ノ倉さんの物理の答案、ちょっと見ちゃったんだ。いつもは九〇点代も楽勝なはずなのに……。ちょっと気の毒だったかな」
よし、この辺でいいだろう。
情報を聞き出す心得の一つ、欲張らない事。
「そっか、でも次も負けんなよ! ってか、俺も人のこと応援してる場合じゃねえや」
「ありがとう」
礼を言われる筋合いは、ない。俺のスコアは三位だ。
ある日、気の弱そうな男子(名前は確か……杉が付いていたような)に声をかけられた。陽気で賑やかな昼休みの最中に、だ。彼は明らかに周りを気にしていた。
「あ、あのよう……」
目がザブンザブンと泳ぎまくっていて、笑いを堪えるのに精一杯だった。
「何か用か?さては何か知りたい事でもあるんだろう女の子のことか、誰だ」
「な……! どうして分かった!」
態度でバレバレである。気づいてないんか。
「どこのどいつの事が知りたい? 大丈夫、誰にもバレないようにするし、俺がもともと知っている情報でも構わないだろ」
こうやって生々しい言葉を選ぶのも、作戦のうちだ。このときの相手の出方を想像するだけで、背筋がぞくぞくするのは否めない。生唾を飲み込んで、杉ナントカは即、応じた。
「あ……ああ、じゃあ頼むよ。名前は……」
騒がしい教室に溶け込んでしまいそうなほど、小さな声で告げられた名前。
四ノ倉、柚希さん。
その時彼女は、窓側の前方角席で静かに文庫本を読んでいて、俺はその様子を遠くからパチクリと眺めている事しかできなかった。
彼女の事を全く知らないことにそこで初めて気が付いた俺は、数日の「猶予」をもらい、簡単な「調査」を開始した。なに、「好みのタイプ」とか「恋愛経歴」を知りさえすれば、イッパツだ。それも、過去の同級生を当たれば済む話。「好きな食べ物」っていうのも、ポイントは高いけど。
杉ナントカの話を手がかりに、四ノ倉さんと同じ中学出身の女子生徒三名との接触が果たせた。
「前回の進級直後考査も、今回の中間考査もその人に負けちゃってさ、中学の時どんな勉強していたのか、気になってね」
世間話の途中、冗談混じりにそう切り出して探りを入れる。だが三人とも良い顔はしてくれなかった。
そのうちの一人がご丁寧に眉をひそめながら、そっと教えてくれた。
「私、知らないの。その……四ノ倉先輩の事」
ん?
「先輩? ああ、大人っぽいからそう呼ぶわけか。ナットク」
俺のその返答に彼女はかぶりを振って答えた。
「違うのよ、あの人、一年間休学していた時期があったんだって」
へえ。
さすがの俺も、これには驚かされたさ。
「だから……その事については、ちょっと」
「そっか……悪かった、ありがとうな、わざわざ聞かせてくれて」
彼女にとっちゃ、何が「ありがとう」だったのか、分からなかっただろうに。
その日、俺は一人で考えていた。
いや、考えていたと言うのはやや語弊がある。ただ、思っていたんだ。
成績優秀で、その殆どが謎に包まれた少女。そして。
(一年間の休学……)
これはまさに俺の求めたる「人は知りたがるだろうけれど知らない情報」ではないか。
ただし、だ。
これは俺が扱うにはちと重すぎる話だ。ただの好奇心だけでは済まされない。彼女には、誰にも持ち得ない何かがある、これは確かなことなんだと思うけれども。
そして、ここまで俺を確信させるものは、何だろう?
今はまだ、分からない。だから、知りたくなるんだ。
情報というものは日々更新されるものだ。しかし人間様はモバイルではない。故に俺は、マメに動かなくてはならない。そんな俺を浅ましいと思う者は笑えばいいさ。
彼女と通じ合えている人が誰一人として居ない。そう確信をもったのが夏の初め、調査依頼から四週間が経過していた。それとも、俺が少し慎重になりすぎているのだろうか?
「ええい、こうなったら」
毎日一度は校内で観察するようになった彼女の顔が思い浮かぶ。
こうなったら、俺がその第一人者になってやる。