初夏の青く澄み渡った空の下、俺と柚希は鈍行列車に揺られていた。もう少々の詳細を述べると、俺、紺崎望道と、四ノ倉柚希、クラスメートの駒浦小径、そしてもう一人の女子生徒の計四人が、電車のボックス席の一つを占めていた。今日明日の旅のロケーションは駒浦に一任していた(というか、駒浦のほぼ独断で決まっていた)ので、詳しいことは俺にもよく分からないが、俺たちの住んでいるところよりかは幾分空気がきれいで静かなところに行けるらしい。
「……というわけでそこは日本の名水百選にも入る地域である上に、温泉の名所だ。一泊二日くらいなら受験勉強の息抜きにもなるでしょ」
そんな話で一駅、また一駅と電車は街を離れていく。旅の道連れに、駒浦は最適であった。話は適度に途切れず、また続きすぎず重すぎず、例えてみればそれは遠足で許される五百円までの駄菓子のような役割を果たしていた。
「素敵な所だといいな。すごく楽しみ」
そんな駒浦の話に主に反応を示すのは、柚希の隣の席に座る女。確か名前は、仁岡みゆき、といったと思う。関わりを持つのは初めてだ。駒浦のツテで参加を決めたのだと、聞いている。
どうしてこんなことになっているのか? 話は一ヶ月前にまで遡る。
約一ヶ月前、俺は思案していた。
今年は受験生だ。これからは当分、休日だからといって出かけて遊んだりなどという暇はもうあるまい。そもそもそんな高尚な趣味を持ち合わせてもいないが。
しかしあと一ヶ月もすれば、四ノ倉柚希の――俺が心の底から想い慕うひとの――誕生日がやってくる。……十九歳の。そして俺は、彼女の誕生日をちゃんと祝った記憶がない。こんなに一緒にいるのにもかかわらずそんなこともしてやれない彼氏というのは、一般的に考えても少しおかしいとは俺だって思う。
しかし正直な話、祝う相手があの柚希では、何をしたら喜んでくれるのかよく分からない。確かに彼女は素直で、嬉しい気持ちなんかはちゃんと笑顔で表現してくれる。けれど、何をしたら、ということを考えると、それは俺が
「やあ、今日も考えごとかい」
駒浦小径の、軽妙な口調で思考が遮られた。クラス替えがあったにも関わらず、三年になってもまたこいつと同じクラスになってしまった。
「悪いか」
これはもう、腐れ縁としか言いようがない。
「悪いとは言ってない。ただ、何か考えるときのその、全世界の不幸を背負ったような顔は今すぐにでもやめるんだね。四ノ倉さんを見習え」
こいつとは二年時にいろいろあったけど、なんだかんだとそれなりの仲になった。もし誰かに、男の友人を一人挙げろと言われたら、不本意だがこいつの名を答えることになるだろう。
「……それならそれで、人が寄り付かないからちょうどいい」
「実際的にも不幸な少年だったね、お前」
減らない口はなかなか閉じない。俺は呆れるばかりだ。
「……何を考えていたか、当ててあげよう」
そう言って駒浦がにやりと笑う。こいつが意味ありげに笑うときには必ず、意味がある。
「そうか、当ててみろよ」
形ばかりの虚勢を張ってはみるが、
「四ノ倉さんの、誕生日」
……図星だった。
「この……情報屋が」
駒浦は、あらゆる人間や人間関係の情報を収集し、把握する能力に長けている。他人に対する興味が並じゃない。その好奇心を行動に移せる実行力もまた、呆れるほどすごい。ゆえに奴には、「情報屋」という呼び名がついている。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
つくづく呆れた奴だ。しかし、奴の本当に手強いところは、そんなおかしな趣向を持っているにもかかわらず人望に厚い点に限る。成績もいいし、各種スポーツもそつなくこなす。おまけにルックスも爽やかで申し分ないから、みんなが疑うことを忘れるんだ。
「で、どうするつもりなんだ。その日は休日だね。おあつらえ向きってやつだ」
こいつはちょくちょく、俺と柚希の様子をこんな感じで窺いにくる。それもそのはず、こいつは柚希に惚れてるんだ。一度の玉砕で折れることなく、こうして接触を怠らないあたり、さすが「情報屋」とでも言えばいいのか、もしくは奴が印象以上に一途な奴なのか。とにかく、奴が何をしたいのか、未だによく掴めていないところがある。
ようやく分かったのは、奴がそんなに悪い人間ではないということくらいだろうか。