あかりがまぶしい
05
 彼女の声は唐突に途切れた。学校のチャイムが、彼女が話し続けることを妨げたのだ。そうだ、俺は昼休みの途中でここに来た。つまり今のは始業のチャイムなのだろう。次の授業は……。

「ああ、センター試験対策だ」

 ……どうでもいい、そんなもの。
 彼女は何を言おうとしたのだったろう? 失われた光の後を追うことが、それによって太陽の本質を見ることが、どうだというのだ。
 思い出せ。思い出せないなら、考えるんだ。




 話の発端は何だったろうか?

『温度って、分子運動の激しさの指標なんだよな? だとすると、空気の存在しない真空空間の宇宙には、気温とか温度という概念は存在しないってことにはならないか?』

 俺の声だ。熱エネルギーのことを復習していたときに湧いた、それはなんとも素朴な疑問だったと言っていい。
 彼女は、温度をエネルギーの話へと展開して話をしてくれた。電磁波のエネルギーを絶対温度のケルビンで表すというのは、俺の中でまた新しい知識になった。そして、媒質なくして電磁波が宇宙空間を渡り歩くのは、電場と磁場が絶えず変化しながら生じているからだと彼女は言った。
 そして話は、電磁波の持つエネルギーの「源」へと掘り下がっていく。……そう、『宇宙背景輻射』だ。
 宇宙を創造したビッグバンのエネルギーが今も宇宙の淵を泳いでいるのだという。高エネルギーの光が超低温になって存在していることを知った。
 記憶は次々と、それはもう鮮やかに蘇る。彼女の笑顔、仕草とともに。
 次に思い出したのは俺の一言だった。『光と電磁波の違いが、分からないんだ』。柚希はそれにも即座に答えてくれた。それは非常に簡単で、

『両者に本質的な違いはないよ』

 それが答えだった。彼女は付け足した。

『強いていえば、可視光線を指すときに「光」と、目に見えないその他の波長帯も含めて全体的に言いたいときに「電磁波」ということの方が多いかな。紛らわしかったね』

 そう言いながら照れたように笑う彼女の顔――。

「……!」

 頭の中を電気が走った。思い出したのだ、さっきの彼女の言葉の続きを。それはまるで――。

「やっぱりここにいたか」

 青い世界に現れたのは、息を切らした駒浦の姿だった。




「クラスの奴らから、話は全部聞いたよ」

 せっかく忘れかけていたのに、思い出してしまった。まあ、そのことに関して駒浦には何の罪もないことなのだが、どうも気持ちの据わりが悪い。あの空気に今日は当分戻る気にはなれないし、駒浦と話すことさえぎこちないんじゃしょうがない。……どことなく、駒浦の方が普段に似つかわしくなく動揺しているようにも思えたが。
 俺は一つ、気になっていたことを駒浦に尋ねた。

「どうして隣のクラスの、今まで話したこともないような奴にあんな風に言われなきゃならないんだ」

 柚希の存在があまりにも大きすぎるからなのか?

「杉矢はなぁ。四ノ倉さんのことが好きなんだよ。それを聞いたのは……去年の、春頃だったかな」
「……よく知ってるな」

 そして、だいぶ前の話だ。

「四ノ倉さんのこと知りたいって言って、昔向こうから言い寄ってきたんだ。だから好きになったのは、それよりももっと前の話かもしれないな」

 去年の春。俺がまだ柚希の存在を知らなかった季節。そして、そんな彼女に唐突に出会った季節でもあった。思い返せばずっと昔の話のように感じる。……あれからもう、二年が経とうとしているのか。

「あんな小心者の言うことなんか、気にしなくていいんだよ。お前らのことは、俺だけじゃなくてみんな知ってることだしな」

 駒浦がそう言って俺の方をポンと叩く。そう言われると、なんとなくではあるけれども、クラスのことは気にしなくてもいいような気がしてきた。
 しかしもう一つ、心に引っかかることがあった。

「……でもあいつは、どうして柚希の家の前にいたんだ? あいつの家はそんな近所なのか?」

 俺の素朴な疑問は、小さくはじけてどんどんと俺の中で広がっていく。

「俺はあの日、お前と二人で歩いていたんだ。確かに俺らと柚希の家の方向が違うから、変に見えたかもしれない。だけど、それだけの情報が俺らを追尾する材料になるとは思えん」

 俺のその疑問に、駒浦の顔からさっと血の気が引いた。その一瞬の変化を、俺は見逃さなかった。

「お前、何を知ってるんだ」

 どうして杉矢は俺らをつけた?

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