あかりがまぶしい
02
 また違う日の帰り道、俺は見慣れない道を足早に歩いていた。

「唯一無二の友人として言うけどね、紺崎。笑顔という表情を知っているなら、使った方がいいよ」

 級友駒浦の軽口が、冷風とともに俺の顔を叩いた。安物のネックウォーマーはやはり生地が薄い。

「無礼にも程度ってもんがあるんじゃないか?」

 どこから突っ込めばいいのか分からないが、失礼な態度はいい加減改めてほしい。

「笑顔は使いこなせるだけで十分な武器になる。防具にもなる。お前はその点で損をしてると思うね」
「せいぜい参考にする」

 歩き慣れない道を、駒浦を先に立たせて進む。理由らしい理由はない。目的地までの道のりを、駒浦が知っていて俺が知らないというだけの話だ。あいつが知っていて俺が知らないことがある、それは俺らの間ではよくあることだった。それが不本意だと思わなくなった点、俺も大人になったと思う。そんなこと言ったら駒浦になんと言われるか分からないから言わないけれど。
 しかし今回ばかりは不満を隠せない。というか、これは俺のミスだったとも言えよう。

「そんなことよりもな、よりにもよってどうしてお前に道案内してもらわなきゃいけないんだ」
「道案内する俺の身にもなれよ。内緒にしたまま俺一人だけで行くことだってできたんだぞ、少しは感謝しろよ」

 文句を言うと、このセリフだ。もはやこれは脅迫だ。

「……この、情報屋め」
「光栄だね、ほらここだ」

 小ぢんまりとした、しかしながら構えはしっかりしている一軒家だ。

「本人にも聞かずにどうしてその家が分かるってんだ」
「それは……企業秘密」

 貴様がウインクしたって可愛らしくもなんともない。俺は恐怖心を表に出さないので精一杯だった。

「ほら、寒いから早くインターホン押しなさい」

 押しなさい、とか言いつつ自分でインターホンのボタンを押しやがった。待て、心の準備が。

『はい、どちら様でしょうか?』

 これはきっと、お母さんの声だ。なんと言えばいいものか……言葉に迷っている俺を駒浦が肘でどついた。唇が(俺が言ってやろうか?)と動いた。
 ――それだけは、絶対に、嫌だ。
 小さく深呼吸して、一息で言い切ってしまう。

「ゆず……いや、四ノ倉さんのクラスメートです。学校のプリントをお渡しに来ました」
『あら、寒い中わざわざありがとうございます。今、開けますから』

 プチッと音声が途切れた。『四ノ倉』という表札の隣のドアが開く。
 ……なるほど、確かに柚希の面影がある。この人が柚希のお母さんか。




 急に秋めいてきたと思ったら、いつのまにか俺らの町でも初雪が観測された。それはつまり急な気温変化を伴ったということでもあり、そのせいなのかどうかは分からないが柚希が本格的に体調を崩したらしい。

「よくここが分かりましたね」

 その声色から、本当に驚いたらしいことが窺える。

「あ、友人に教えてもらったんです」

 自分の言葉に駒浦が一緒だったことを思い出し、振り返ったその視線の先に駒浦はいなかった。……あの野郎。

「そうなの。お一人でまあ……寒かったでしょう、温かいお茶用意しますね。上がって」

 女子の家の敷居なんて跨いだことも無いのに、よりにもよって柚希の家(親もいる)だ。今更ながら、駒浦がいないのが心細い。
 柚希は水曜日から体調を崩し、今日金曜日まで学校を休んだ。

「ゆ……四ノ倉さんの体調はいかがですか」
「えぇ、やっと食べ物がお腹に入るようになったから、来週には学校に行けますよ」

 それは良かった。駒浦がいるから話し相手には事欠かないものの、柚希のいない学校生活はやはり味気ないものだと感じていた。
 他愛ない話――主に柚希の学校生活全般の話だったが――の途中、居間の奥から足音が聞こえた。扉が静かに開かれ、柚希が顔を出した。

「あ、望道……だけ?」

 おい、人がさんざん気をつけてたのにいきなりその呼び方かよ。

「おう。これ、今週分のプリント。っていうか、寝てろ……寝てた方がいいぞ」

 お母さんのいる手前で言葉遣いが悪いのはまずい。そう気をつけようとしているのに、やはり少し怪しいような気がする。

「ふーん」

 俺の忠告など気にすることもなく、パラパラとプリントに目を通していると思ったら、物理の課題に行き着いてその手が止まった。

「……望道、これ分かった?」

 プリントの最後の問題を指さして、柚希はそう聞いてきた。

「先生に聞い……」

 柚希がじっとこっちを見つめてくる。目が訴えていることが、読み取れた。

「……聞いたけど、よく分からなかった。柚希が来たら聞こうと思ってた」

 その言葉に柚希は満足そうに笑ったが、俺はというと、今のが不自然な棒読みになっていなかったかどうかが気になった。

「じゃ、今教えてあげる。……お母さん、すぐ済むから入って来ないでね」

 念を押す柚希を見て、困ったように笑いながらも柚希のお母さんは頷いた。
 む、入って来ないでね、ってことは。

「部屋、あんまりきれいじゃないけど。気にしないでね」

 これはまた、予想だにしなかった展開だ。

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