足が重たくなるのを感じながら、篤はマンションの階段に足をかけた。
エレベーターのない築年数の経過したマンションは篤の住まいではない。
篤の恋人・石田陽介が住んでいる。

その陽介からメールがきたのが今日の昼過ぎ。
昼食を終えた篤が大学のカフェテラスで自販機のカフェオレ片手に一息ついている時だった。
メールの受信を知らせる振動に携帯を取り出すと、見知った陽介の名前。
恋人からのメールに喜色を浮かべるのが普通だが、篤はその名前を確認して苦虫を噛み潰したような顔をした。

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from:石田陽介
subject:無題
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バイト終わったら
うちくる?
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内容を確認しただけで返信はせず、携帯のフラップを閉じてポケットに仕舞った篤は、紙コップの甘いカフェオレを飲み干して次の講義室へと足を向けた。
結局、バイトの勤務直前に『いく』と二文字だけ返信した。
たったこれだけに半日近く時間を要したのには理由がある。

陽介からのメールを受信する1時間前、授業を終えて昼食を摂ろうとカフェテラスに向かっていた篤はいつものように中庭を横切った。
ふと目をやった中庭の大木の根元、男女が中睦まじそうに日向ぼっこをしていた。
女の子が芝生に座り、その膝に男が寝そべる。
男子の憧れ膝枕を中庭で堂々と披露するカップルの姿を何人かの学生が羨ましそうに横目で見ながら通り過ぎて行く中、篤は思わず足を止めてしまった。
長い手足を投げ出して女性の膝に乗せた金茶のミディアムヘアが秋の日差しに煌く。
陽介・・・
恋人の陽介が学内でも人通りの多い中庭で、人目も気にせず他の女とイチャイチャしていた。
しかし、一瞬だけ止まった足はすぐに動き出し、篤は諦めたようにため息を吐きながら再びカフェテラスへと向かった。
その後姿を見つめる視線にも気付かずに。

昼間の光景を思い出し、篤はマンションの鉄扉の前で深いため息を吐き出した。
陽介と付き合いだしてから、確実に重たいため息が増えた。
というのも、今日のような光景はいつものことで、陽介は他の女と腕を組んでキャンパスを歩いたり、
明らかに女性のそれとわかる髪の毛が篤の一人暮らしのアパートに落ちていることもあったし、この間はベッドの隅に中身のなくなったコンドームの袋を見つけた。
そんな感じで陽介の周りにはいつも女性の匂いが絶えない。
付き合って一年近く経つが、その間に篤が陽介を咎めたことは一度としてなかった。
整った顔立ちの陽介を周囲の女性が放っておくわけもないだろうという諦めと陽介に対する複雑な感情がいつも篤の心を渦巻いていた。
その渦が篤の中をかきまわして、溢れそうになるのを重たいため息にして身体の外に吐き出す。
そうやって均衡を保っているのかもしれない。
ため息を吐いて丸まった背筋を正し、篤はインターフォンを押すべく腕を上げた。


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