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「秋穂さんにメールかぁ・・・」
友人の多くない優生は仕事以外でメールをすることはほとんどなく、打っても事務的な内容がほとんどだ。
話したい内容は会って話せばいいし、必要があれば電話をしてもいい。
慣れないメールにはいつも悩ませられる。
相手が秋穂だったら尚更だ。
電話で済ませたいところだが、ことある事に「顔を見せろ」とうるさい秋穂に約束を取り付けられるのは目に見えている。
会いたくないわけではないが、忙しい秋穂の時間を割くのは気が引けてつい音信が途絶えがちになってしまう。

秋穂は幼馴染だ。
と言っても優生には秋穂との古い記憶は全くと言っていいほどない。
古いアルバムに多く登場する少年が気になって母に聞いたことがあった。幼い優生と仲良さそうに写真に納まる年上の少年。
他の写真を指し示し、隣に住んでいた家族と非常に仲が良かったのだと話してくれた母の瞳は温かい色をしていた。
優生が生まれた時、隣に住んでいた秋穂はすでに小学生で家族ぐるみで親しかったこともあって実の弟のように可愛がってくれたという。

隣にあった大きな家は優生の一番古い記憶では空き家で、小学校の高学年になる頃に取り壊されて新しく建てられた二棟の分譲住宅が売りに出された。
「今はどうしているの?」と問うた優生に「引っ越ししたのよ」とだけ言って母は席を立った。その背中が悲しそうに見えて、以来少年と家族の話題を母に振ることはなかった。
偶然再会した秋穂から聞かされたのは、秋穂のお父さんが連帯保証人になっていた借金と夜逃げ同然の引っ越し、家族崩壊の哀しい話だった。

駅に着いて携帯を取り出すが、久しぶりのメールも何を書くべきか浮かばず、最寄駅に着く間に何度も書いては消したメール画面には『お久しぶりです』の文字しかない。
大人の魅力に溢れた秋穂の姿を思い出す。
あと何年もしないうちに再会した時の秋穂と同じ年齢になるが、秋穂のように深みのある歳の取り方はしていないと思う。
秋穂に再会した夜は苦い思い出の続きでもあった。

思い出しそうになって頭を振り、人気のなくなった駅のベンチに腰を据えて携帯に向き合う。
志信と秋穂は一緒に暮らしている。明日には金曜日の夜に飲み交わした客のことと共に、今夜Vespertineに足を運んだことも秋穂の耳に入るだろう。
再会した時の優生がひどい状況にあったこともあり、秋穂は保護者のように優生のことを案じてくれる。
再会から八年も経ち、優生は二十八歳になったが、秋穂にとってはいつまでも”小さいゆうちゃん”らしい。
「志信と優生が俺の家族だから」そう言ってイイ歳をした男の頭を優しそうに撫でるのだ。
優生もそれが嫌じゃないから恥ずかしい。

秋穂の指を思い出し、ささくれだっていた心が少しだけ落ち着きを取り戻す。
たまには自分から食事でも誘ってみようか。

メールを打ち終える頃にはホームを抜ける北風にすっかり身体が冷え切っていた。


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