この世界の中で、

誰かと出逢ったり、

別れを経験したり、

誰かに愛されたり、愛したりしながら

人は生きている。


その縁は人の力の及ばぬところで、決められることで、

人はただただ目の前の出会いに、

わたわたと翻弄されるだけ。

もしそれが、

神様の気まぐれだったとしても、

その縁は人にとって、

俺にとって、

どんな意味を持つのだろう…?





─────────





学年末に出されたレポートをやっと提出し、大学から帰ってくれば、実家の母親から留守電が入っていた。
眠いと訴えるまぶたをなんとか開いて、受話器を耳に当てる。

「もしもし、凛?
悪いんだけど──…」

1ヶ月ぶりぐらいの母親の声に耳を傾けながら、ぼすん、と床に腰を下ろし背中を壁に預けて、あくびを一つ飲み込む。

…眠い。

目を向ければ、カーテンの隙間から見える空が白みはじめていた。






「凛兄ー!こっちこっち!」

「早くー!」

手招きをしている弟たちに、俺はいいよ、と手振りで伝えて、空いているベンチに座った。

両親の都合がつかないらしく、末の双子の兄弟たちを預かってほしい、という留守電を聞いたのはほんの三時間ほど前。
仮眠を取っても、たった三時間で2日分の寝不足を解消できるはずもない。
だけど、遊び盛りの弟たちを放っておくこともできず、俺は今住んでいるアパート近くの図書館にいる。
アパートじゃつまらない!、とは弟たちの言葉だ。
遊園地に行きたいとねだっていたがさすがに俺にそんな体力はなく、図書館を提案すると渋々承諾してくれた。


春先になったとはいえまだ寒いこの季節に、双子たちは中庭の噴水のそばで水遊びに夢中らしい。
目を瞑ってうとうととしていても、その声と水が跳ねる音は耳に届いてくる。

『隣、いいですか?』

突然聞こえたソプラノボイスに、ゆっくりと目を開けた。
声が聞こえた方に目を向けると、小柄な女性が困ったようにこちらを覗き込んでいる。

『気持ちいいお天気の日だから外に出てきたんだけど、ベンチが空いてなくて…』

いいかな?と問いかける彼女に、俺は慌てて首を縦に振って、彼女が座れるようにと少し横にずれた。

『…ふふふ、ありがとう』

無言の俺に驚いた様子だった彼女は、間をおいて柔らかく笑った。
そして俺のとなりに腰かけて、なにやら分厚い本を鞄から取り出して読み始めた。


…やっぱり、驚く、だろうか?
俺は、他人とのコミュニケーションにまったくと言っていいほど声を使わない。
今だって、少し笑って「どうぞ」くらい言えばよかった。
今さら後悔してみせたって一度逃したタイミングはもうどうしようもないけれど。

ただ何となく、または、いつもの癖で。
声が上手く出てこなかった。
この悪い癖も、そろそろ本気でなんとかしなければならない。
きっと彼女も、俺のことを不思議に思ったり、あるいは無愛想なやつだなとでも思ったことだろう。

ちらり、と横に座った彼女を見れば、小柄だけどどこか大人びていて少し年上だと予想ができる。
その手に不釣り合いなくらい厚い本は、俺のいる角度からだと字こそは読めないが、写真や挿し絵のない文のみの本らしい。
よく見ると赤、黄、青と三色の付箋がたくさん本の隙間から飛び出しているから、参考書とかなのかもしれない。


そこまで考えて、忘れかけていた眠気がやって来た。
口を開けて欠伸をすれば、一拍遅れて隣からふぁーっという気の抜けた声が聞こえる。

『キミの大きな欠伸移っちゃったよ』

そう言って目の端に涙を溜めた彼女はふわりと笑った。


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