キリリク小説 | ナノ

アカ

昔々あるところに、アカという女の子がいました。

アカはミズナリと言う継母と、リョウイチ、レイカ、ウタゲと言う義姉たちと一緒に住んでいました。

もともとアカは父親と、コウヨウと言う母親と暮らしていましたが、コウヨウが病気で死んでしまい、父親はミズナリと再婚しました。

それから何年かは楽しく幸せに暮らしていたのですが、父親が事故で死んでしまってから、ミズナリは人が変わったようにアカを虐めるようになりました。

ミズナリが連れてきた3人の姉たちも同様です。

自分たちはきれいな洋服に身を包み、豪華なアクセサリーにいい香りのするオードトワレ。
髪は毎日とかされ、爪のケアもかかしません。
ムダ毛の処理だってばっちりです。


「ちょっと、ウタゲそこのひげ剃り取って」

リョウイチがウタゲに言います。

「また?昨日も剃ってなかった」

ウタゲは呆れています。

「毎朝生えてくんのよ」

「毎日剃るから青いのよ」

レイカのツッコミが入りました。

「アカぁ!」

リョウイチの怒りの矛先はアカです。

「は、はい」

レイカの髪を梳いていたアカは返事をします。

見窄らしい色の破けたワンピースによれよれの前掛け。
ひとつにくくった髪はもつれています。

「刃が錆びてるじゃない!」

ひげ剃りの刃を指してリョウイチが怒ります。

「す、すいません」

「錆びた刃で髭剃らしてカミソリ負けさせる気!?」

「ごめんなさい」

「つか青いって」

「誰が青髭だって!?くやしぃっ」

「お母様に言いつけてやりましょ」

ウタゲの提案に、姉たちは大きく頷きました。

「お母様!アカったらヒドいのよ?アタシのこと青髭だって…」

リョウイチに後ろ襟を掴まれ、アカは引きずられるようにミズナリの前に投げ出されました。

「誰が生活させてやってるかわかってるのかしら!」

「まあ落ち着きなさいリョウイチ」

ミズナリは静かにリョウイチを宥めました。

にっこりと柔らかく笑い、ミズナリはアカに近寄りました。

「ごめんなさいお母様…」

アカは震えています。


「アカ」

「は、い」











「理由はないの。ただあなたが嫌いなのよ」











そう言って、ミズナリはアカの頬を叩きました。
倒れ込むアカの背中を足蹴にし、何度も足を下ろしました。










その夜。
自室である屋根裏にこもり、背中に軟膏を塗りながらアカはちいさなため息をつきました。

「いつまで続くんだろう…」


毎日をため息と暗い顔で、アカは過ごしていました。

ある日、アカたちのもとに一通の招待状が届きました。

差出人はお城からです。

「まぁ!お城からの招待状だわ!」


「お城には確か年頃の王子様がいると聞いたわお母様!」

情報量が半端ないリョウイチがミズナリに飛びかかります。
姉妹の中で一番がたいがいいのでミズナリは少しせき込みました。


「マジで」

レイカがリョウイチに尋ねます。

「じゃあこの招待状ってお妃探しとかじゃないの?」

「ありうるわ」

ウタゲが頷きます。

「お母様、まかせて。あたし自信あるから」

レイカは豊満な胸をすくい上げウインクをした。

姉妹の中で一番殺人的官能ボディを持っているのがレイカです。


「あたしも」

ウタゲも静かに挙手しました。

「ウタゲには何があるのよ」

レイカが聞きます。

「あたしは………………………毒盛り……」

「「怖っ」」




床を掃除しながら、それを聞いていたアカは

 いいなぁ…

と思っていました。

 ううん、何を言ったって仕方ないわ。さっ、お掃除お掃除

お城からの招待状が届いてから1週間後、継母たちはいつもより綺麗なドレスを着て、いつもより豪華なアクセサリーに身を包み、いつもよりいい香りのするコロンを振りかけ

「じゃあ、家の掃除頼んだわよ」

とアカを置いて家を出ていきました。







暗い部屋の中、アカは雑巾の水を絞ります。

せっせと床を拭いていきます。


「ネズミさん、あなただけは私の友達よ」

アカはへたり込み、横切るネズミに声をかけました。

ネズミはチューと鳴き、暗闇へと消えていきました。




窓に目をやると、日は暮れポツポツと明かりが灯り始めていました。

丘の上の方にあるお城はピカピカと光り輝いています。


 今頃、お姉さまたちはお城できれいなドレスを着て、素敵な王子様と手を取って踊っているのかしら…


アカはまぶたを閉じて情景を思い浮かべました。


キラキラのお城に、金糸の入った真っ赤な絨毯。

その先に伸びるのは王子様が座っている玉座。

アカは淡い水色のドレスに身をまとい、きれいにとかれた髪はトップで結われ、足には華奢な形をしたガラスの靴。

王子様はアカの近くに寄ってきて、手をとり

「一緒に踊っていただけませんか?」

とやさしくエスコート。

そのまま二人は楽しい時間を過ごします・・・





 なんて。ふふ。



アカは小さく笑い、掃除用具を片付けていました。

そのときです。



 





「こんばんは」

「えっ」

掃除用具を入れる納屋から、声がします。

「だ、だれ!?」

「私はカナ。魔法使いだよ」

「え?」

魔法使いだと名乗ったカナは、暗闇から姿を現しました。

紫のマントに身を包み、頭には大きなとんがり帽子。手には杖のようなものを持っていました。

「魔法・・・使い?」

「そうだよ」

カナはにやりと笑ってアカの手を取りました。

アカの白魚のような手はあかぎれ、カサカサとしていました。

「お前はあの意地悪な継母と姉たちにこき使われて、それでも文句ひとつ言わず頑張っている。そんなお前が不憫でならない」

「そんな・・・」

「だからね、お前に何かしてやろうと思ってね」

「何か・・・?」

「そう。例えば、こんな家を飛び出していける羽がほしい、とか、こんな家を焼き払うマッチがほしい、とか、あの継母たちを殺す剣がほしいとか・・・」

「・・・」

「なんでもいいんだよ。言ってごらん」

カナの言葉に、アカは少し考え、

「ひとつだけ・・・」

「おお、なんだい?」

「私、お城へ行ってみたいんです」

カナは

「お安いごようさ」

と言い、アカの手を離し杖を一振り。

すると


アカのすすけた洋服はあっという間に水色のドレスに、カナがもう一振りすれば足にはガラスの靴。

もう一振り大きくすれば、アカの髪はきれいに結われ、白魚のような手に傷はひとつもありませんでした。

「まぁ・・・なんて素敵!」

アカは自分の姿を見て驚きました。

「お城へ行くための馬車も用意しよう」

そう言ってカナは杖を暗闇のネズミに向かって一振り。

反対側にあるキッチンのかばちゃに向かって一振り。

「さあ、外へでてごらん」

誘われるように出た玄関には、立派なかぼちゃの形をした馬車が止まっていました。

「なんて立派なんでしょう!」

「さあお城へお行き」

「カナさんありがとう!」

アカは扉の開いたかぼちゃに乗り込みます。

戸はばたんと勝手に閉まり、馬は走り出そうとひずめを鳴らします。

「ただしアカ、この魔法は夜の12時までだ。12時を過ぎると、お前はまたいつもの格好、馬車もネズミとかぼちゃになってしまうからね。気をつけるんだよ。魔法は12時までで解けてしまうからね!」

「はい、わかりました」

そうして、馬車はお城へと走っていくのでした。



お城では、華やかな舞踏会が開かれていました。

色とりどりのドレスに、金銀のアクセサリー、豪華な食事に高い天井、真っ赤な絨毯。

そこから伸びた先の玉座には一人の王子様が座っていて、そのすぐ後ろには執事がついていました。

王子様はとてもつまらなそうです。


「王子、もう少しにこやかにお願いします」

「うっさいなあ、こーゆー顔やもとから」

「王子、関西弁もおやめください」

「やかましいわ」


ハァ、と王子様――ラセツ――は肘を付きました。

「お妃候補探せ言うてるけど結構きっついでぇ?…そんなんどこにおんねん」

周りを見渡し、ラセツはさらに深いため息を付きました。

「化粧やたら濃い奴とか、ええべべ自慢したいだけの奴とか人の目ぇばっかり気にする女ばっかりやんけ」

「…そうですかね?……わたくしはあちらの…ミセス・ミズナリの娘たちなどよいかと思いますが」

「はぁ?」

執事――ゲンジュウジ――がそっと目線を送った先には、がたいのでかい女とグラマラスなラインを見せつける女、手にグラスを持ち、何かをずっと考え込んでいる女の3人。そしてその3人の少し後ろで、他の母親たちと談笑している女性がいました。

リョウイチとレイカ、ウタゲ、ミズナリの4人でした。

 でかっ!

「おいじい!あんなでかい女のどこがええねん!」

「いいえ、奥の方でも結構ですし、コップを持っている方でも」

「どれもいやじゃ!」

でかい女は無理やし

グラマーな女はそそるけど軽そうやし

コップ持ってる女はなんかたくらんでそうやし

どれも無理やろ!

と、思いながら3人を見ていたラセツは、その視線に気付いたリョウイチに見つかってしまいました。

「王子様がこっち見てるわよ!」

「うそ!」

「はやくアピールしてらっしゃい!」

ミズナリの後押しに、3人は足早にラセツに近寄ってきました。

うわわ

ラセツは玉座から腰を浮かしました。

しかし後ろからゲンジュウジががっしりと肩を握り、強制的に座らされました。

ラセツは逃げることができませんでした。











「ねぇん王子様ぁん」

「王子様ぁ、こっちぃ」

「王子様これ飲んで」

ラセツはリョウイチに甘えられ、レイカに呼ばれ、ウタゲにコップを差し出されました。

「そのコップ完全に色おかしいぞ!」

ラセツがコップを指さしました。

ウタゲは舌打ちしてコップを置きました。


そんなもみくちゃにされている中、舞踏会の会場がざわつき始めました。

ラセツは3人の手をほどき、ざわめく中心に目を向けました。

「・・・」

そこにはアカがいました。

アカがすべての人の視線を集めていました。

男性からは羨望の視線、女性からは嫉妬の眼差し。

それもそのはずです。

アカはそこにいるどの女性よりも美しかったのです。

「なあにあのイモ臭い女」

レイカが言います。

「ふん。大した宝石もつけないでよく来れたわね」

リョウイチが続きます。

「ちょ、どいてんか」

ラセツは自身の膝の上に乗りかかるリョウイチとレイカを下ろし、玉座を降りました。

「王子」



ラセツは一直線にアカへと向かいます。




「一緒に、踊ってくれへん?」

アカの目の前にラセツの手が伸びました。

アカはゆっくりと微笑み頷きました。



夢のような時間が流れていきます。

大きなお城で、夢にまで見た王子様との舞踏会。

目の前がきらきらしていてとろけてしまいそうな甘い時間。

ああ

ずっと続けばいいのに



初めて出会った二人は、まるでずっと前から知っていたかのように恋に落ちました。


「こんまま離したないんやけど」

「・・・」

うれしそうにアカは俯きました。

「めっちゃ好きや」

「・・・うれしいです」

ラセツはにっと笑い、アカを抱き締めました。

周りにいた娘たちは悲鳴をあげました。







そんな楽しい時間もあっという間に過ぎていきました。


ゴーン ゴーン

お城の大きな時計台が12時を指しました。


アカの頭に、カナの言葉が蘇ります。


 いいかい?魔法は12時を過ぎたら解けてしまうからね!必ずそれまでに帰ってくるんだよ!


「・・・いけない!」

ラセツの胸にもたれていたアカは飛び起きました。

「どしたん?」

「帰らなくちゃ」

「え、なんで?まだ12時やし」

「ごめんなさい!」

アカはラセツの手を離し、出口へと走っていきます。

「待ってや!」

長い廊下を走りぬけ、アカは階下を目指します。

「待って!!」

「あっ」

アカが履いていたガラスの靴が片方脱げてしまいました。


ゴーン ゴーン


しかし拾っている時間はありません。

12時を過ぎてしまうと魔法は解けてしまうのです。


「待ってぇな!」


アカは一気に階段を掛け降り、玄関に来ていたカボチャの馬車に乗り込みました。


「なあ…っ!」

カボチャの馬車は、アカを乗せると躊躇なく走り出しました。


「…」


アカが忘れていったガラスの靴を拾い、ラセツは小さくなっていく馬車をずっと見つめていました。

翌日。

アカは普段の生活に戻っていました。

地味な色のワンピースに薄汚れたエプロン。
いつもと同じ掃除をして、姉たちの身の回りの世話に精を出していました。


コンコン


家の扉が叩かれます。


「はい?」

アカが扉を開けると、そこにはゲンジュウジが立っていました。

アカはすぐにあのお城の執事だと気付きました。

「あ、あの…」

「失礼します。昨日の舞踏会でこのガラスの靴を履いていた方を王子が探しております。招待した方の家に一軒一軒回っております」

ゲンジュウジは透明なケースに入れられたガラスの靴を目の前に差し出しました。


昨晩、アカの履いていた靴でした。

「中に入ってもええかな?」

ゲンジュウジの後ろから、ラセツが顔を出しました。

アカはびっくりしてかあっと頬が赤くなりました。

「ん?」

「ぁ…」



「まあまあこれはこれは!どうぞどうぞこちらへ!」

ミズナリが奥から現れ、ラセツやゲンジュウジ、付き人たちを中へ招き入れました。


「アカ!何をぼさっとしているの!お茶の用意をしなさい!」

「は、はい」


キッチンへと消えていくアカの姿を、ラセツはちらりと見ました。


「どっかで…?」




テーブルには紅茶とクッキーが運ばれてきました。
対面のソファーにはミズナリ、リョウイチ、レイカ、ウタゲ。ゲンジュウジ、ラセツ、付き人が2人向かい合って座っていました。

「では、さっそく履いていただきます」

ゲンジュウジはケースからガラスの靴をそっと出し、床に置きました。


「じゃああたしから履くわ」

リョウイチが立ち上がります。

「入るわけないでしょ」

レイカが言いました。

「だまんなさいよ尻軽!」

「はぁ?青髭のくせに」

「あぁん?」

「お止めなさい!」

ミズナリが止めました。

「黙って見てろ乳デカ妖怪」

リョウイチはそう言い、ガラスの靴につま先を入れ・・・



入るわけないやろ

ラセツの心のつっこみ通り、リョウイチのつま先は入ることができませんでした。

「くっ」

「だから無理だって」

「いえ、頑張れば…っ」

リョウイチは無理やりつま先をねじ込もうとします。
心なしかガラスがみしみしと鳴いています。

「ちょちょちょちょちょちょ!」

ラセツは危険を感じ、ガラスの靴を奪いました。

「割れるやろが!」

次はレイカです。


「ふんあんたの足なんか入らないわよ」

リョウイチが言います。

レイカは

「あんたよりは入るわよ」

と鼻で笑いました。


確かに足は入りそうや…でもこんな感じやったやろか?


レイカはすっとつま先を入れました。

おおっ

っと周りがざわめきます。


そしてレイカはそのまま足を入れました。

「入っ…た…っ」



しかし


「いたたたた」

「どうしたのレイカ」

つま先を押さえ、レイカがうずくまります。


「が、外反母趾が…」



つま先がすっと細くなった靴に、レイカの親指が合わず、体重をかけようとすると痛みで立っていられません。


「あたたたたた」



最後はウタゲです。

しかしウタゲは他の2人の姉より体が小さく、ましてやこのガラスの靴と同じ足のサイズをもっているとは思えません。

誰もがそう思っていました。




しかし






「えっ」

「う、ウタゲ?」

「あなたいつの間に…」




ガラスの靴の前に出てきたウタゲの足はその体に似つかわしくない、大きなそれ・・・


というか腫れて・・・





そう、ウタゲの足は大きく腫れ上がっていました。

「足を大きくするなんて簡単なこと…」


小さく笑い、ウタゲはトンカチを投げ捨てました。






カ オ ス 。






ウタゲは自身の足にトンカチを振り、腫れ上がらせたのです。




こっわ!あいつめっちゃ怖い!


ラセツは怯えました。


「ふふ、体の痛みなんてすぐ消えるわ」

そう言ってウタゲはつま先をガラスの靴へとゆっくり入れていきます。

「…つっ、ぅ、うっ…つぅ…」

痛みに耐えながら、ウタゲはガラスの靴を履きました。


「うぅぅううっ…っ」


もうホラーです。






「あかんあかんあかん!無理無理無理無理!!」


ラセツの抗議に、ウタゲの足は付き人によってガラスの靴から抜き出されました。






「やはりいませんね…もしかしたら隣町の姫君かもしれません」

ため息を付きながら、ゲンジュウジが言いました。

「…」

「では、帰りましょう」

ケースの中にガラスの靴を仕舞おうとしたゲンジュウジを、ラセツは止めました。


「いや、まだや」

「?」

「まだ終わってへん」

「どういうことです?」

「まだ1人残っとるやないか」

「まさか私…!?」

ミズナリの言葉にラセツは反応しません。

「そこのお嬢ちゃん」

ラセツはアカを指差しました。

「「「「えぇっ!?」」」」


「…私?」

ラセツは頷き、アカを手招きしました。


「お嬢ちゃんにも履いてもらう」

「ちょちょ、王子様、あの子は昨日お城には行ってませんわ。しかもあんな汚い…」

ミズナリの制止を無視し、ラセツはほら、とアカの前にガラスの靴を置きました。

アカは静かに足を持ち上げ、ガラスの靴へと下ろしました。

アカの足に吸い尽くように、ガラスの靴はぴったりと収まりました。


「やっぱり自分が昨日の子やってんな」


「…はい」

「名前なんちゅうん」

「アカ…」

「アカ」

「はい」

「決めた」

「?」

「持って帰る」

そう言ってラセツはアカを抱きしめました。


「じい!俺この子と結婚するわ!」


ラセツの言葉に、そこにいた全員が目を丸くしました。












****

それから、アカはラセツとともにお城へ帰り、一生幸せに暮らすのでした。。。














〜fin〜



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