キリリク小説 | ナノ
くもりのち雨、そして晴れ。
「いい加減 泣きやめよ、と」
同僚の影が二つ、視界に入った。
「泣いたって戻ってこないぞ、と」
だらしなく着こなした黒いスーツ。 いつもの口調で、いつもの調子で、赤い髪の男は持っていたロッドを肩に置いた。
その言葉にカッとなり
「戻ってくるんならもっと泣いてるわ!」
と赤茶色のウエーブがかった髪の女は激昂した。
その様子に肩をすくめ、ため息を一つ。隣にいた髪のない男と顔を見合わせその場を去った。
――くもりのち雨、そして晴れ。
「シスネは…またあそこか」
黒髪を後ろで結わえ、皺のない黒いスーツに身を包んだ男は、座っていた椅子を半回転させ窓の外へ目を向けた。
そこからはあの丘が、シスネがいるであろう丘が小さく霞んでいた。
「呼んでも、あそこを動かないぞ、と」
指令室に戻ってきた二人は同僚の状態を報告した。
「…そうか。 わかった… 仕事に戻ってくれ」
窓から目を離し、黒髪の男は自身の机の上に置かれた書類に目を落とした。
髪のない男が一礼し、二人は部屋を出ていこうとする。それに向かって
「ルード、レノ、…すまなかったな」
と労いの言葉をかけたタークス主任に、赤い髪の男は少し首を傾げた。
ドアが閉まると、男は再び窓の外に目をやった。高くそびえたつあの丘の上には、灰色の雲が空全体を厚く覆っていた。
自分たちの気持ちを表しているかのように。
**
「今まで、ありがとう…」
強めの雨が降りしきる中、教会の前には2つの傘。黒髪の男と栗色の長い髪を結わえた女が向かい合って立っていた。
女はピンクのワンピースに朱色のジャケットを羽織り、手には封筒を握っていた。
「…」
「これ…最後の手紙です…」
女は持っていた封筒を差し出し、男はそれを受け取った。
月に1通から2通、彼宛の封筒を受け取って4年目、89通目になろうとしていた。
任務で忙しいソルジャーの彼に、会うことはできないだろうから手紙でも書いてみたらどうか、と提案したのは自分だった。
彼女は少し寂しそうな顔をしたが、すぐに感情を押し殺し、「じゃあ、渡してくれる?」と配達を頼んできた。
しかし、4年間つき続けた嘘は今日で終わりだ。
「…封筒の色が、違うな」
いつも渡されたのは白い封筒。しかし今回は薄いブルーの封筒だった。
「… ヤなこと、書いちゃったから、書き直し」
そうか、と呟いて男は受け取った封筒をスーツの内ポケットへ仕舞った。皺にならぬよう慎重に。
行方不明だった彼は、脱走者として、裏切り者として神羅から『逃走中のサンプルの始末』の対象になった。 神羅兵が血眼になって探している。
その前に我々が彼を確保すればいい。 神羅からの制裁はあろうが、彼が生きていた。 それで十分だ。
彼をヘリに乗せて、すぐにスラムの教会へ降ろそう。
いや、その前にやることがある。
渡せないでいた89通の手紙をまず全部読んでもらわねばならない。
それからだ、あの娘に会わすのは。
ふ、と口端が緩んだ。
「待ってろザックス。無事でいてくれ」
傘の雨粒を払って入り口に立てかけ、女は教会の中へ入った。
あんな短時間でも、栗色の髪は先の方が濡れ、ワンピースの裾には地面からの跳ね返りがかかっていた。
女はポケットから取り出したハンカチで水滴を拭い、顔を上げた。
いつもそこにいたはずのあの子がいない。
正確には、どこかに飛び立ってしまった。
私が書いた、『本当の89通目』を持ってーー
あの子にくわえられて、どこかへ持っていかれた、89通目の、最後の手紙・・・
『元気ですか? どこにいますか? あれから4年です。 そしてこの手紙は89通目。 でももう出すあてがありません。 最後の手紙は あなたに届きますように。 ザックス お花は売れ行き好調です。 みんな笑顔になります。 ザックスのおかげだね。 エアリス』
内容が暗くって、恩着せがましく書いちゃって、最後とか言っちゃって… だってあのタークスの人に 「次が最後の郵便だ」 なんて言われて 「… どうして?…ザックスがそう言ったの…?」 「それは違う。…だが、配達は次で終わりだ」 「もう、届けてくれないの…?」 「そう、なるな…」 「…」 毎月書く手紙に、返事は一度だってなかったけど、それでも彼の元にこの手紙が届いているなら、きっと、いつか、会いにきてくれるかもって、そうでなくても、この手紙が私と彼の繋がりなんだって、思っていたのに… それさえも、結局、神羅は私から奪おうとしている。 そう思ったら、頭の中がぐちゃぐちゃで、ひどいことを書いてしまったの。 だから、それはやめて、新しい便せんに、私はいつものように書いた。
『元気ですか? ザックス、お花は売れ行き好調です。 みんな笑顔になります。 ザックスのおかげだね。 エアリス』
教会に咲く花たちに、雨は降り続いていた。
**
黒髪の男は、机の引き出しに仕舞ってある封筒の束を取り出した。
受取人のいなくなった手紙の束は、開封されることを静かに、待っていた。
そう、ずっと。
彼女の想いとともに。
たった一人の人間のために、4年もの間ずっと書きためた、彼女が残した想いは二度と、開けられることはなくなった。
「またあの娘は傷つくのか…っ」
自分がついた、つき続けた嘘は現実になってしまった。
せめて、手紙の配達を最後などと言わなければよかった。
こうやって毎月、あの娘からの手紙を受け取っていればよかった。
ザックスは生きているんだと、ソルジャーとして働いているんだと、思わせておけばよかった。
神羅は、私は、あの娘からどれだけ大切なものを奪えば気が済むんだ。
黒髪の男は束を握りしめ、ひっそりと嗚咽した。
「…シスネ」
背後から声をかけられ、女は振り返った。顔は涙でぐしゃぐしゃで、気丈に立っているのが痛々しかった。
「ツォン…」
子供のような泣き顔で、腫れた瞼に赤い白目。男を確認すると、女は一層声を上げて、その場にへたり込んだ。
「ツォンっ… 私っ…どうしてあの時…っ」
――どうしてあの時、彼を捕まえなかったんだろう。神羅兵より早く接触できたのに、どうして逃がしてしまったんだろう。どうして彼ならきっと自由になれるって、信じて疑わなかったんだろう。どうして彼は死んでしまったんだろう。どうして彼を殺してしまったんだろう。
「ああっ… う、ああぁぁぁっ…」
彼の亡骸があったその場所に、女は顔を埋めた。
ミッドガルが、すぐそこにあった。
その丘を越えれば、すぐだった。
後悔している。彼女は。自分の行動に。彼を助けられなかったことに。
そして私も。
「…シスネ、もう、いい」
黒髪の男は女の肩に手を置いた。
「仕事に戻るぞ」
冷酷な一言、に聞こえただろう。
女は男を睨んだ。
「ツォン! あなた、そん…っ …ツォ、…」
男の切れ長の瞳からは一筋の涙。
「あなた、泣い、…」
主任が見せた恐らく初めての涙に、女は言葉が紡げなかった。
「後悔は糧にしろ」
「…」
男が踵を返す。
「スラムにいる古代種の監視、及び警護につけ。それがお前の仕事だ」
「…」
そう言って、男は丘を降りていった。
その後ろ姿が見えなくなるまでの間、女の頭の中は整理されていく。
――スラムにいる古代種は、確か、ザックスが気にかけていた女の子…
――その子を、私が護る…
――ザックスを護れなかった代わりに、あの子を・・・
いつの間にか、涙に濡れていた頬は涸れていた。 あるのは確固たる意思。
罪滅ぼしになるなんて思ってない。
だけど
ザックス
私はここで足を止めてる場合じゃない。
ザックス
あなたの大切な人、きっと護ってみせる。
だから
ザックス
・・・
私は あなたの 代わりに
灰色に覆っていた厚い雲は風に流れ出し、切れ間から小さな太陽が顔を出した。
それはとてもあたたかくて
そうまるで、あなたのような・・・
くもりのち雨、そして晴れ。 ――私があなたの代わりに
end
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