杞憂


 中学校からの帰り道、いつものように森の一本道で、竜の少年は千尋のことを待っていた。
 月に一度、ハクは千尋を連れて、かつて自分の川があったところを訪れる。埋め立てられた川はもう存在しないが、その場所に帰るという行動自体が、彼にとっては意味のあることなのである。今日はまさに月に一度のその日であり、いつものように笑顔で千尋を森へと招き寄せて、竜の姿をとろうとするハクだったが。
「あのね、ハクの背中に乗りたくないの」
 もじもじしながら制服姿の千尋が告げれば、相手はきょとんと目を見開いた。
「どうして?」
「ええっと……」
「今までずっと、そうやって移動してきたのに」
「そうだけど……」
 千尋の歯切れは悪い。頬をほんのりと赤らめて、ばつが悪そうに目の前の少年から視線をそらす。
「と、とにかく、しばらく乗りたくないの」
 不思議に思ったハクが様子を窺おうと一歩踏み出せば、千尋は微妙に後退して距離をとろうとする。鞄をしっかりと胸に抱えて、顔をそむけられ、まるで見えない壁をつくられているかのようだ。
 ハクは自分が何か千尋に避けられるようなことでもしてしまっただろうかと、心当たりをさぐってみるが、とっさには何も思い浮かばない。
「千尋が気乗りしないのなら、今日は一人で行くよ」
 内心の落胆を気取られないように微笑んで告げれば、千尋はちらりとハクの顔を見、耳まで赤くしてまた目を逸らした。
「──千尋?」
 やはり今日の千尋はどこかおかしい。心配になったハクは千尋の肩に触れて、顔を覗き込んでみる。
「私のことで、何か気になることでもあるの?」
 千尋は図星をつかれたのか、ぎくっと肩を強張らせた。嘘をつくのが苦手な子だ。
「言ってごらん」
 笑ったりしないから、と真剣な表情で告げれば、千尋は意を決したように打ち明けてきた。
「あ……あのね」
「うん」
「ハクがね」
「私?」
「うん。ハクがね、その、重くないかなって……」
「重い?」
 最初千尋が何を案じているのかわからなかったハクだが、千尋がやたらそわそわしている様子から、どうやら彼女自身の体重のことを言っているらしいことになんとなく思い至った。
 随分と他愛もないことで、気を揉ませてしまっていたようだ。
「重くなどないよ。まったく」
 笑ったりしないと言ったことをころっと忘れて、ハクは小首を傾げてみせた。
 千尋はますます赤くなる。
「う、嘘!」
「嘘ではないよ。むしろ私は、軽すぎるくらいだと思う」
 ちゃんと食べなくてはいけないよ、とつい過保護な父親のようなことを口にしてしまう。千尋は心配事が杞憂にすぎなかったこと知って、安堵の表情を見せた。
「よかった。ハクに重いって思われてたらどうしようって、すごく気になっちゃって……」
「私もよかった」
 ハクも目を細めながら同調して頷いてみせた。
「千尋と二人で過ごせる時間を、これで失わずに済むからね」
 少女の頬がこれでもかというほど紅潮したことに、竜の本性をあらわにするため背を向けた少年は気が付かなかった。



01.15 / 5 more days
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