「――それで、一体なにをしたかったんですか哀か……潤さん?」
「おいこらテメーいま名字で呼ぼうとしただろ。あたしを名字で呼ぶのは敵だけだ――ってこれも懐かしいやりとりだな!ははっ」


赤いコブラに誘拐されたあと、ぼくはどこかの小屋みたいなところにいた。そう、よく夜9時からのサスペンスで使われるような山小屋だ。……よくこんなところ見つけたな、あの人。そう、ぼくを誘拐したのは《人類最強の請負人》であり、《赤き征裁》や《死色の真紅》と呼ばれた哀川潤そのひとだった。


「だっていーたんもここにいるって聞いたからさ、これは挨拶しとかねーとなって」
「だとしてももっと普通に連れてきてくださいよ。あれじゃあ周りにいた人間に誤解されてます……親にも連絡させてくれないし」
「そりゃあそのほうがおもしれーからなっ!」

シニカルに笑う潤さんは、相変わらず全身を赤でまとめあげた格好いい女性だ。本当に、もう――まったくかなわない。


「姫ちゃんも、どうせなら手とかで引っ張ってくれたらよかったのに。どうせぼく動けなかったんだからさ」
「だってそのほうが早かったんですよ、師匠!もたもたしてたら《トンボに油揚げ》ですっ!師匠がこんなにかわいい女の子になっているなんて姫ちゃんは思ってもいませんでした!」

……多分鳶に油揚げだろうな。まあ一文字で済んだところに安心しなければいけないだろう。そう、あの赤い紐の正体は姫ちゃんだった。昔、はじめて会ったときのように澄百合によく似たデザインの制服を身にまとい、髪をふたつ黄色いリボンでしばっている。そして、これもまた処世術だろうか、無邪気に笑う、姫ちゃん。
そしてもうひとり、ぼくに声をかけてきた男の人はこちらをさっきからずっと見ている。…何なんだろうか?


「あの…?」
「曲識、こいつが前から話していた《戯言遣い》のいーたんだ。今はかわいい女の子で、お前の《零崎》対象に入ってるとはいえ殺すなよ?あたしのかわいい妹なんだから」
「潤、ひとつ訂正しておこう。僕の二つ名はまだ《少女趣味》だけれど、それはあのとき、お前に歌を捧げたときにもう解かれている。つまり誰であって殺せるんだ。まあ誤解されているままというのも、悪くない。というわけで僕は零崎曲識というんだ。よろしくお願いする、いーたん」
「真顔でいーたん言うの止めてください……」
「? これが流行りのツンデレというのだろうか」

この人天然だよ、確信した。まだ名乗ってはいないとはいえいーたん言わないでくれ。

「それにしても、君が潤の妹なのだとしたら僕も君を妹だと思おう。だけど――僕は君の兄となれるのだろうか?」
「え――?」
「おいおいなにいってんだ曲識、あんたはこのあたしが選んだんだぞ?もっと自信もって《悪くない》ばっかり言ってないで、《いい》って言ってくれよ」
「……そうだったな、潤。じゃあいーたん、遠慮なく僕のことは兄とよんでくれ」
「……だからいーたんじゃないですって」
「ふむ、これがツンデレ妹キャラか。こういうのも、悪くない。いやいい」
「ははっそれでいーんだよ!よくできたなーおらっ」
「潤………!」


横で姫ちゃんが「いつものことですよ、師匠。いっつも姫ちゃんの前でいちゃつくんです」と呑気にジュースを飲んでいた。そうかこれが最強の標準装備なのか。そういえば《前世》で潤さんに聞いたことあったっけ。

――潤さんは恋とか、好きな人とかないんですか?
――おいいーたん、あんたあたしをなんだって思ってんだよ!
――いや、だって……
――まあ、あたしを好きだった奴ならいたよ。ずっとあたしを思い続けてたんだって。……考えたらあたしの初恋のあいつだったのかもな――



そのひとだろうか。だったらいま笑ってる潤さんと曲識さんはここにきて幸せになったのか。その事実に小さく笑うと、潤さんに睨まれた。……読心術があるんだった…。でもこの感覚懐かしいな、やっぱりリボーンくんとはちょっと違うし。あ、そういえばひとつ。


「曲識さん、零崎といえば……零崎人識って奴とは……」
「いーたんこそ人識を知っているのか?」
「まあ、あいつはぼくの《鏡の裏側》でいまは傑作なことに再会して、そのままクラスメートです」
「ふむ、ならばお前が、か?僕の渡した「ぎっこんばったん」は無事弾けたのだろうか」
「は?ぎっこんばったん……?」
「あー曲識、多分いーたんはそんときの奴とは違うぜ。まあいまはそうっぽいけどさ」
「…そうか!ならまた新しく作曲し直さないといけない、奴の家賊に君がなれたら、僕は色んな意味で君の兄となれるかもしれないな。僕は察する通り、一応あいつの家賊だから。――すぐにプレゼントするから、待ってて欲しい」
「…ありがとうございます?」


なんだかよくわからないけれど、変な誤解をされた気がする。いや、されたな。これは、シニカルに笑う潤さんの思惑通り?


「それで?最初に戻りますけど、本当に何のようですか?まさか、暇つぶしってわけじゃないだろうし……」
「うんにゃ、それだけじゃないけどさ、ほとんどその通りだぜ!」
「………!?」
「だってボンゴレの親父とかにいーたんの話を聞いたし。しかもいーたん女の子になってるっていうからもうこりゃ行くしかないなって」
「……マジですか?」
「まじまじ。昨日ならいーたんを攫いやすいって教えてくれたのはミオだし」


頭のなかで「えへへ!ごめんねえ」と星を飛ばすミオちゃんが浮かんだ。お前が、原因かっ!
静かにぼくが拳を握ってると、三人は面白そうに笑う。


「――ま、いろいろいーたんは言いたいこととかあるだろうけどさ、まだあたしらに対してしてないことあるだろ?」
「してないこと……?」
「そ、いまのいーたんはなんだ?それがわかんなきゃいつまでもいーたんはいーたんだよ」


いまのぼくは……《一周目》を知ってる人間に言わせれば《戯言遣い》じゃなくて、《元戯言遣いの女の子》だ。そして。


「……ぼくは井伊いろはです。改めてよろしく、潤さん。姫ちゃん。曲識さん」
「おうよっよろしくないろは!」
「姫ちゃんは今まで通り師匠と呼びますけどね!《三つ子の魂白まで》、ですもんねっ」
「僕もいーたんと呼ばせてもらおう。だけどよろしくいろは」
「は、はは…意味ないって言うのは戯言、ですか?」


でも、すごく嬉しい。またあなたたちに会えたんだから、これは戯言じゃなくて傑作な本心だ。――とりあえず姫ちゃん、白じゃなくて百だからね。











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