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「それでも、俺は…。俺には悔やんでることなんて、何にも無ェんさ」

言い切る彼は、とても晴れやかな顔をして、私の前に立っていた。
恐らくこれが、嘘、偽りのない、彼の本心。

「俺は忘れない。皆と会えたことも、戦場を駆け抜けた日々も。リナリーを好きだと思ったこの気持ちも…、全部」

優しい声音が、私の心の真ん中をツンと突けば。
そこから広がっていく、緩やかな波紋。

「これはブックマンとしての記録じゃない。俺自身の、“ラビ”という一人の人間の大切な記憶として、この胸に刻み付ける」
「………」
「…俺はこれからもずっと、リナリーが好きだから」

辿り着いた小波は、トクン…と、私の胸の鼓動を高鳴らせた。

ズルイ。
ラビは、ズルイよ。
こんな時に、そんなことを言い出すなんて。
私の気持ちも知らないで…。

繰り返されるフレーズに。
漸く止まりかけた涙が、また滲み始める。

「リナリーは、本当、泣き虫さね」
「…一体、誰のせいだと思ってるのよ」
「もしかして俺の、せい?」
「そうよ、ラビのせい」

泣きたくなんかないのに。
涙など見せたくないのに。
裏腹に落ちる、無色の流れ星。
これ以上、泣き顔を見られたくなくて、私は、くいっと、団服の袖でそれを拭う。
すると、不意にその手首を掴まれ、ふわりと、ホンの一瞬視界が揺らいだ。
気付いた時には、彼の腕の中。

「…コムイに見られたら殺されるかな?」

隔てるものが何も無い距離で、ラビの声。

「でも、こうやってリナリーを抱きしめられたから、俺、このまま死んでも構わねェかも」

なんて、悪戯っぽく零す彼に、私は「バカ…」と呟いて、躊躇いがちに腕を回した。
彼の胸に顔を埋めれば、聞こえてくるのは、規則正しい心音。
目を閉じて、そっと耳を傾ける。
心地良いはずのリフレインも、温かくて柔らかな体温も。
彼が与えてくれる全てが、何処か切なさを帯びていた。

それは目の前に迫る、“刻限”がそう感じさせているのか。

このまま…。
このまま、時間が止まれば良いのに。

叶うことのない願いを込めて、私は伸ばした手に力を込める。
貴方の傍に居たいのだと。
離れたくはないのだと。
そんな正直な気持ちを、何の躊躇いも無く告げられたら、どんなに楽か…。
言えないのなら、せめてこの想いだけでも彼に伝わって欲しいと、その背中を強く、強く抱きしめた。

「リナリー?」

少し驚いたような彼の声が、耳元で響く。

「忘れない…」
「え?」
「ラビのこと、忘れてなんかやんないんだから」

涙を瞼に溜めて、私は先にある翡翠の双眸を見つめた。


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